3.戦いの日々

 暗闇は断続的に震えていた。暗闇に灯る明かりもまた、同じように震えていた。


 塹壕内の宿舎にあるベッドに座りながら、倉本は国営新聞を読んでいた。

「○○市取り返したみたいだぜ」

「マジ? どうやって?」

「機甲突破だって。相手の戦線はほぼ壊滅したみたい」

「マジかよ。すげぇな」

 宿舎の中には倉本を含め三人しかいなかったが、空気は珍しく活気付いていた。同僚の畠山は横から新聞を覗き込み嬉しそうに笑った。もう一人、銃のメンテナンスをしていた田井中は驚きのまま手を止めていた。

 倉本は宿舎に残っている三人で○○市の戦いの勝利を祝った。三人ともそれぞれ夜間哨戒の当番を控えているため、酒ではなくエナジードリンクで乾杯した。


 倉本は新聞を一通り読み終えると同僚の畠山に渡した。田井中は「次に見せてくれ」と言うと銃のメンテナンスを再開した。


 戦場への個人用携帯端末の持ち込みが禁止されている現在、外部の情報は公的な軍事通信、もしくは口頭か紙媒体に限られた。

 子供の頃から個人用携帯端末──かつてはスマートフォンと呼ばれていた──が生活必需品としてあった倉本にとって、紙媒体は不便極まりないが情報を秘匿する手段としてはとても有効に思えた。紙媒体の場合、現物を差し押さえなければ情報流出はないし、情報統制はしやすい。

 ネットワークインフラが発達した現代において、人間は個人用携帯端末であらゆる情報をリアルタイムで送受信できるようになったが、軍事においては統制を乱すリスクが大きすぎた。個人用携帯端末は特定されればあらゆる情報が筒抜けとなる。そして、たった一人の情報が戦場の勝敗さえも決定付ける事態は現実に起こっている。

 このサイバー戦、情報戦において、日本政府と国防軍は致命的に弱かった。前大戦時は陸海空はともかく、サイバー戦、情報戦ではほぼ完敗しており、被侵略国にも関らず国際的な支持すら得られなかった。今回は国防軍主導で戦闘動画ライブ配信プラットフォームの開発などもしたが、それも民間企業の協力あってのものであり、二世政治家がのさばる政府は相変わらずUSB──一世代前の情報機器接続規格──すらわかっていなかった。ただし、その旧態依然としたシステムのおかげか、今回はサイバー戦、情報戦においてなぜか優位になる逆転現象も起きていた。


「おい、これ見ろよ。ちょっとだけ記事になってるぜ」

 畠山が新聞の片隅を指差す。そこには小さく、××市の攻防──倉本が現在いる街の戦況──についてが書かれていた。

「へぇ、珍しい」

 ××市が記事になったのはこれが初めてではないか──倉本は過去の情報を思い返してみたが、それらしきものは思い出せなかった。

 ××市は開戦当初から侵攻する敵軍との最前線であり、それは半年経った今も変わっていなかった。この街は戦略的要衝であるがゆえに激戦地だった。この戦争でも日本は国内外から様々な支援を受けていたが、この街は戦場ボランティアはおろか、義勇兵ですら寄り付かなかった。もちろん国防軍は駐屯しているが、主力は倉本たちが所属する××市領土防衛隊であった。人の出入りは少なく、出入りする者も長くないという状況ゆえ、ここはとにかく情報が少なかった。


 今、この街で開戦当時を知る者は少ない。倉本、畠山、田井中の三人は、それを知る数少ない人間だった。

 畠山はスポーツインストラクターだった。田井中は電子機器メーカーのエンジニアだった。二人は避難させた家族とまたこの街で暮らすために戦っていた。死んでいった者たちも、誰もが大切な何かを守るために自らを犠牲にした。しかし倉本には戦う理由がなかった。なかったが、ずっと戦っていた。

 倉本には語る過去がなかった。家も、仕事も、家族もある彼らとは明確に違っていた。腕に巻いた青いマーカーだけが自身の所属を示す物だった。服はジーンズにTシャツ、ヘルメットは陸軍の旧型鉄兜、プレートキャリアやガンベルトは敵の死体から剥ぎ取って迷彩を塗装し直した物だった。


 また地上で砲撃音が鳴り響き、壕内が揺れた。

 倉本は塹壕内の暗闇に目をやった。触れ合う闇と光は震えていた。闇と光の影で、多くの人間が現れては消えていった。


 やがて哨戒当番の時間がきた。倉本は国防軍の5.56mm旧型アサルトライフルに弾倉を差し込むとベッドから立ち上がった。

「じゃあ行ってくるわ」

「おう」

「気ぃ付けて」

 畠山と田井中に別れを告げ、倉本は塹壕内の宿舎を出た。


 空気は揺れていた。塹壕の土壁の向こうに見える夜空には、火が飛び交っていた。その遥か彼方には星が瞬いていた。


 陽の当たらない日々には慣れていた。


 なぜ戦うのか──不謹慎だが、そんなものはなかった。


 それでも倉本はずっと戦ってきた。開戦初期の劣勢時も、国防軍による○○市反攻作戦が成功したときも、その後も、倉本はずっとこの街で戦ってきた。それが語る過去のない人生で唯一誇れそうな証だった。

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War at the Warfield 寸陳ハウス @User_Number_556

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