第六感

@ns_ky_20151225

第六感

「すいぞっかん連れてってもろた」

 和人はにこにこしていた。

「すいぞくかん、でしょ」

 修正する私を弘美は横から笑った。いつもこうだ。三日しかいなくてもしっかり関西の口になっている。

「まあよろし。和人に会うと父さんえらい喜ぶし」

「そりゃ可愛がってくれるのはいいけど、言葉がなあ、ちょっと癖があるというかなんというか」

「そこは堪忍え。西の言葉も悪いもんやないやろ?」

「せやかて、あんまりコテコテやんけ」耳に残っていたのをちょっと使ってみた。

「あ、あんたもうまなった。もうええやん、うちの共通語はこっちにしょ」弘美ははっとした顔で言った。

 ここで育ち、ここで家庭を持った私には地方の訛りというのはどうもひっかかる。しかし、和人がすぐになじむのには驚かされる。帰省のたびに口が変わる。弘美からのふだんの影響もあるのだろうが、外国語教育は子供のうちからという宣伝にもうなずかされる。

「父ちゃん聞いてぇ! あのな、じいちゃんちのせんたっき、縦に穴があってな、二つあんねん」

「せんたくき、な。それと、お父さんと言いなさい」

 二槽式の洗濯機がそんなにめずらしいのかと思い、いや、めずらしいのだ、と考え直した。和人は祖父の家で初めて見たものについて話し続けた。それはたいてい私が子供のころにはありふれていた物だった。

「それでな、じいちゃんプラッチックてゆうてた」

「ちゃんと言うと?」

「プラスチック」

「分かってるんならよろしい。学校ではきちんと言えよ」

「でも受けるんやで、これ」

 器用に使いこなす和人に感心するが、調子に乗られるのも困る。ちょっと気を引き締めさせよう。

「ほら、土産話は楽しいけど、休みは終わりだよ。明日の準備できてる? 前に笛忘れただろ」

 そういうと、和人はあわてた様子を見せた。

「せや、たいくあんねん。入れとかな」

「たいいく」

 弘美が笑いをこらえている。すこしの間ばたばたがあって、明日の準備を終えた和人は部屋に行って寝た。

 まだ弘美はにやにやしている。

「なににやにやしてるの?」

「あんた、たいがいにしときや。子供おらへんかったら大ごとやで」

 なんの事だと言いかけたが、弘美の顔を見た瞬間、何も言い返せなくなった。

「ごめん。でもちょっとだけだから」

 謝るしかなかった。

「とにかく、よう反省し。すぐ分かるんやから」

 言い返せなかった。黙っていると続けて話し出した。

「わたしは京都の南部や、あんたさっき使うたのは河内の方の言葉やし、そっちの出のと遊んだんやろ。あんたそういう耳のいいところはやっぱり和人の親やな。ちゃんと聞いた口になっとる。まあ、言葉以外の手がかりもあるけどな」

 言いながら私のスマホを指さす。いつの間にか泣いていた。もう一度、今度は手をついて謝った。ただ、泣いてくれたのにはほっとした。まだ許してもらえる余地があるということだ。

 それにしても、と感心した。弘美のだいろっかんにはかなわない。あれ、だいろくかんだったっけ? 分からなくなった。でも、もうどっちでもいいや。はっきりしているのは私の負けだってことだしな。


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