【KAC2022】 三者三様

東苑

世にも不思議な出来事




 とある女子高校のお昼休み。

 教室にて。


「なにか……なにか、大切なことを忘れてる気がするんだよね……じゅー」


 わたしはストローで残りのコーヒー牛乳を飲み干した。

 教室を出てすぐの自販機にだけ並んでいて1個80円。

 このお値段ですごく美味しい。

 お昼になるとクラスメイトの育美いくみあやちゃんと一緒に買いに行くのがいつもの流れだ。


 さて、これで紙パックの中身はきれいさっぱりなくなったけど、どうにも頭の中のモヤモヤは晴れない。


「大切なことを忘れてる、ですか……はっ! 人の名前とか? まるで夢の中だったような。気になるあの人。君の、あなたの名は?」


 と、あやちゃんが多分二次元路線に話を展開し、それに育美が続く。


「それって何年か前にやってたあの映画のこと?」


「ですです! もう五年以上前ですね」


「それなのにぱっと思い浮かんだんだ……あやの連想する力がすごい」


「そうですかね? わたし、すぐに妄想したり、漫画のシーンとかに結びつけちゃったりするんですよね~」


あや、今すごく幸せそうな顔してるよ」


「も~二人とも真面目に考えて~!」


 きっとすごく大切なことなんだ……!

 なんでそう思うのかって言われたらうまく言えないんだけど。

 このモヤモヤはいつだって放っておくと痛い目に遭う……ん? 痛い目に、遭う?


「また宿題とか小テストのことじゃない?」


「あ、そう言えば明後日は数学の宿題の提出日ですね」


「そ、それだ~ぁあああああ!」


 今まさに自分でも気づきかけていたことを言い当てられた。


「……育美ぃ」


「私、手伝わないからね……じゅー」


「まだなにも言ってない~!」


「じゅー……ぷはっ。うららちゃん、私でよかったら手伝うよ?」


「ダメよ、文。甘やかしちゃ。もう高校生なんだから」


「育美、お母さんみたいなこと言う~。うぅ、やっぱりわたしの嫌な予感はよく当たる……なんでこんなことにぃ」


「後回しにするからでしょ、もぉ……少し見てあげる」


「育美ちゃん優しい♪」


「い、今は余裕があるから、それだけ! ずっと泣きつかれたらたまらないし」


「ありがとぉ、育美ぃ~!」


「ほら、さっさと食べてぱぱっとやるよ」


「イェッサー!」


 お箸をもちながらビシッと敬礼した。



     * * *


 放課後。帰り道。


「よかったぁ~、今日気づいて。二人ともありがとね」


 数学の宿題は育美と文ちゃんの二人に教わって無事片づいた。

 なんだろう。胸のつかえがすっとなくなったような。スキップしたくなっちゃう気分だ。残念ながら今は駅のホームにいるので自粛します。

 間もなくやってきた電車に三人で乗る。降りる駅も一緒だ。


「朝学校来たときからな~んか引っかかってたんだよね」


「なんだか第六感みたいだね~」


「第六感!? カッコいい! わたし実は超能力者だったのかな?」


「それなら数学の宿題とかも問題にならないわね」


「なります! 大問題です!」


「あはは! そう言えば私も前に第六感みたいなの働いたことあったよ」


「文ちゃんの第六感、いつ発動したの?」


「この缶バッチ!」


 文ちゃんは通学バックに飾られたアニメキャラクターの缶バッチを見せてくる。


「その日はなぜか朝からそわそわして落ち着かなくて。夜にふとバックを見たら缶バッチの保護シールがはがれかかってたんだ」


「え……鬼丸様、大丈夫だった?」


 すごく心配そうな育美に、文ちゃんは力強く親指を立てた。

 

「幸いなことに無傷でした。それからはことあるごとにパトロールしてます。バックからなにか出すときとか、消しゴムを拾ったときとか。ちらっ、ちらっ、ちらっと」


「それで文ちゃんいつも不思議な動きしてたんだ。鬼丸を見てたんだね」


「これで鬼丸様の安全は約束されたわね。ナイスラブよ」


「えへへ、なので私の第六感はもう発動しないかもしれないです。むしろ発動しないほうがいいと」


「そっか~。育美はそういうのないの?」


「嫌な予感か……あ、そう言えば」


 育美が顔を青ざめさせた。


「夜、家に帰るときだったんだけど、なんとなく嫌な予感がして後ろを振り返ったの」


「「え!?」」


 ただごとではなさそうな育美の様子にわたしと文ちゃんの間に緊張が走る。


「そしたらすぐそばに猫がいて……」


「ストーカーかと思いました」


 文ちゃんがほっと胸に手を当てる。


「育美、猫とか犬とか人間以外の生き物苦手だもんね」


「え、そうなんですか?」


「言い方……それじゃ私が冷たい人みたいじゃない。急に吠えたり駆け寄って来たり、なにするか分からないちょっと苦手ってだけ」


「育美、ビビりすぎなんだよ~、ぷぷ。わたしの弟もたまに急に大きな声出したりするよ?」


「あー確かに」


 育美はにこっと微笑み、わたしのほっぺを左右から引っ張る!?


「私の目の前にもなにするか分からない娘がいたわ」


「えへへ、それほどでも~」


「褒めてないし! この、この!」


「あ~育美ちゃん! 乙女のほっぺは大切に取り扱って!」


「それで話し戻すけど。そのときさ、後ろになにかいると思って振り返ったんじゃないんだよね。足音が聞こえたわけでもないし、後ろにいたから目で見てもないし、匂いがしたわけでもないし……」


「どういうこと?」


「んぅーそうだな……後ろを振り返ってから自分がそうしたことを自覚した、みたいな」


「無意識ですか」


「うん。夜だったし、猫がぴたっと止まって私の方を見上げてたからすごく不気味だったんだよね……そういうことがその後も何度もあって、しかも同じ猫なの」


「お、同じ猫が何度も!? それは私も怖いな……」


「よ~し、わかった! これからはいつもわたしが育美を送り迎えするよ!」


「気持ちだけもらっとく。さすがになにも起きないでしょ、猫だし……あ」


 電車から降り、駅の出口まで来たところで育美が立ち止まる。

 視線の先には白い子猫がいた。

 駅の出口のすぐそばでぽつんと一匹だけ座っている。

 子猫は育美を見ると「にゃあ」と可愛く鳴いた。


「あの猫だ」


「なんと!?」「育美ちゃんのこと待ってたのかな……」


 わたしは子猫の前まで行って腰を落とす。


「ぼく、いやお嬢さん? とにかく、こうやって会えたのもなにかの縁だから言っておくけど、育美はわたしの幼馴染みだからあげないよ? あとホラーとか苦手だから脅かさないであげて」


「これで育美ちゃんも一安心だね~」


「いやツッコミどころしかないよ!?」


「も~育美がいろいろ言うから心配しちゃったけど、ただの可愛い子猫じゃん。あれ、この首輪……うちの近所の人のだ!」


「「おぉ!?」」


「よく見れば見たことある猫ちゃんだよ」


怒涛どとうの展開ですね」


「本当にね。なんかありがとう、うららうららの知ってる猫ってわかったら急に不安がなくなったよ」


「……これがバトルものとか怪異譚とかだったら育美ちゃん退場濃厚です」


「ぼそっと怖いこと言わないで文~!」


 その日を境に育美は子猫につきまとわれなくなった――ことはなく、それからもよく遭遇するそうだ。

 とりあえず育美は無事みたいだから大丈夫! ……なのかな?



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