十分に発達した男女間の友情は恋愛と見分けがつかないか

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

第六感は囁かない

「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」


 彼がぼそっといったので、あたしは、お……おお、としかこたえられなかった。


 お昼休み。

 いつものように他には誰もいない部室棟で、あたしと師角もろずみ太郎は食後の、あまり優雅ではないティータイムを過ごしていた。

 優雅でないのは場所が場所だし(これまで先輩が持ってきては放置された旧いパソコンとか無線機とかパチンコ台とかが散乱している)、お互いに飲んでいるのが雪印コーヒーとマイルドいちごオーレなのだからいかんともしがたいわな。茶ですらないしな。


「ということはだ」と師角はいった。「ちょっと退化した魔法は科学技術と間違われるってことじゃないか?」

「意味わかんない」

「そもそもおまえが始めた話だろ!」

「あたしはそんなこと一言もいってない!!」

 なんで友人の恋愛相談をもちかけたのに、クラークの第三法則なんぞが返ってくるのか。

「ちょっと待て。整理する」

 師角は何かを考えこむときのお得意のポーズ――額に指先を当てる――をして黙り込んだ。

 そもそも最初から期待なんかしてないんだよなあ、とあたしは肩をすくめる。


 前世紀遺物研究会会長、などというよくわからん存在に、普通の女は恋愛相談なんてしないし、少々普通からはズレているあたしだって本気ではしない。


 ただ、なんとなく。

 なんとなくこの偏屈な男ならどう答えるだろうと、興味本位で訊いただけだった。


 整理が必要なほど複雑な話を、あたしはしていない。

 友達のA子(仮称)が、違う高校の男子に一目惚れをして、最近すっかり学業にも部活にも身が入らないようだから、友人としてどうしてあげたらいいと思う?

――と、そう訊ねた。

 普通なら、じゃあ恋愛の応援をしてやれ、とか、相手がどこの誰かを調べてみようかとか、そういうふうに話は発展していくのではないか?

 あたしが間違ってる? もしかして?


「うん、わかった」

 師角はちょっと眩しいぐらいの笑顔を見せた。

「確かに少々飛ばしすぎたかもしれん。俺が言いたかったのは、一目惚れというのは案外科学的なんだぞ、とそういう話だった」

「え、そうなの?」

「物の本で読んだんだが、『一目惚れ』というのは案外科学的に有意差が出るぐらいには理想の相手を見つけるのに有効な手段らしい」

「え、だって顔がいい相手にぽーっとなったって、そんなの恋愛とはまた別だったりしない? 好きとかって、そんな単純なものじゃないでしょ」

 師角が紙パックを空けたらしく、ストローを抜き取り、口に咥えたまま首を振る。

「おまえ、やめろよな! コーヒーが跳ねる!」

「安易だなあ、桜子さくらこよ。そんなだからおまえはいつまで経ってもヒラ部員なのだ!」

「部長のあんたとあたししかいない部活で、ヒラもヘラもあるかいな」


 まだ予鈴もなっていないのに、師角は立ち上がった。珍しい。

「ちょっと調べものがある。また放課後な、おまえ、ちゃんと部室に来いよ」

「へいへい」

 急ぎ足で部室をあとにした師角を見送り、あたしはスマホで時間を確認してから、先輩の遺物であるMSX2(と書いてある)をひっぱりだして、プリンセスメーカーを始めた。もう30年前のゲームだって。笑っちゃうね。でも面白いからついついやってしまうんだなあ。



 午後の数2bの授業を聞き流しながら、あたしはなんとなく師角が何をどう言いたかったかを、いまさらわかってきたような気がした。


 一目惚れを第六感的な何か――科学や数学で割り切れない範疇のものと設定するなら、それをもうちょっとわかりやすい形に落とし込めれば、理屈やなんかで論破できるくらいにまでもっていけるのではないか。


 例えば一目惚れといっているけれど、毎朝、同じ車両に乗っていて気づかないうちに好感度があがっていたとか、A子が好きなアイドルの誰それに似ていると思ったから錯覚してしまったとか、そういうふうに。


 理屈がわからないから理屈じゃないと思い、理屈じゃないなら運命だとか前世からの定めとか――妙に盛り上がって引っ込みがつかなくなって、とかある話だよね。

(そう考えれば、あれはあれでちゃんと話聞いてたのかな?)

 少しは師角を見直そうかと考えた――


――あたしが浅はかだったのは、いまに始まったことじゃない。


 最後の授業が終わる直前、メールの着信音が教室に響いて、あたしは教師に睨まれた。

 大体、普通のやりとりはLINEで済ませているので、メールの着信音なんて気にしてなかったのだ。そしてメールをあたしに寄越す相手といえば、前世紀遺物研究会の会長ぐらいしかいなかった。



 部室で四者面談――というのだろうか。

 あたしの横には安登前 雅あとまえ みやびが、そして向かいには師角と見知らぬブレザーの男子がいた。

「はじめまして……でいいのかな? 酒見 心さかみ しんです」

 爽やかな笑顔でブレザー男子が挨拶し、見るからに緊張した様子で雅が意味をなさない音を喉から漏らした。

 すげえな、師角、とあたしは内心仰天していた。

 

 授業中、メールで「A子さんを部室に呼べ」とだけ寄越した師角は、授業をサボってちょっとした世間話の中の一目惚れの相手というものを実際に探してきたのだ。


 いや、おかしいだろう。まあ、A子が雅のことだとわかるのは、そもそも友達の少ないあたしなのだから、すぐにわかってもおかしくない。けれど、その雅の一目惚れの相手を「高校が違う」だけの情報で見つけられるか?


 あたしの訝しげな顔に気づいてだろう、師角は目顔で(いいから黙ってろ)と伝えてきた。


 声を裏返しながら、雅が自己紹介をする。

「はじめまして……ではないです。あなたのことを一目見たときから、ずっと――」

 そこから先は言葉にならない。

 というか、おいおい、泣き出しそうなんだが大丈夫か?

 酒見という男子高生は、爽やかな雰囲気を崩さす、けれど照れた表情を隠そうともせず、手を差し出した。

 「まだ君のことよくわからないし、俺、これまで女性と付き合ったことないから勝手がわからないけど、でも、そんなふうにいわれてあっさり断れるほどモテるわけでもないから。こんな俺で良ければ、友達から」

 雅はこくっこくっ頷きながらおずおずと彼の手をにぎり、ふへっと笑った。


 付かず離れずの微妙な距離を取りながら去っていくふたりを見送り、あたしは部室のドアを強くしめるとベンチにふんぞりかえった。

「さて、説明してもらいましょうか?」

「説明も何も、おまえの情報からそれらしい男を連れてきたってだけだよ」

「そこも!」

 あたしは憤慨した。

「そもそも、なんであんな世間話から、相手を連れてくるってなるわけ? うまくいったからいいようなものの、いかなかったらどうするわけ?」

「それならそれで吹っ切れるからいいじゃないか」

「あんたねえ」


 言いたいことは山ほどあったが、そこは置いておく。ふう、と大きく息を吐き、吸う。それはさておき、だ。

「まあ、それはおいといて。A子が雅だとわかったまではいいわよ、そのぐらい敏いあんたならすぐ気づくでしょうよ。でも、相手を見つけてくるのはまた別じゃない?」

「十分、情報はあったじゃないか。違う高校、高校とわかるけれどそれ以上はわからない、つまり制服姿で会ってる。ウチは詰襟だから詰襟じゃない。通学が同じで出会う相手なら、おそらくおまえさんだってそれとなく気づく。バスは違うけど、電車は一緒だろ? けど、わざわざ一目惚れを強調するといのは、その一度きりで、それ以降会えていないからだ。

 だから俺は未確認フェスみたいな、なんかバンドのフェスとかそういうのがないか調べた。けど、こっちは不発。時節柄なのか、そういうのやってないな。ローカルなのも。かといってよくいくコンビニだなんだの店員というのも違う。制服でやってりゃべつだけど、そういう店も彼女の行動範囲にはないな」

「行動範囲ィ⁉」

「彼女はおまえさんと違って箱入り娘だし、おまえさんと一緒で交友範囲は狭い。だから範囲をしぼるのは至極楽だった。が、反面、他校の生徒と接触する可能性もほとんどなかったんだよな。これは困った」


「でも、見つけてきたじゃない」


「おまえさんたちが行きそうな場所、書店だCDショップだ喫茶店だをしらみつぶしさ」

 あたしは脱力してベンチにもたれかかった。このベンチというのも何代前かわからない先輩が、公園からかっぱらってきたものらしいが。


 いつもいつも。

 この男はあたしの何気ない一言から、魔法のように答を導き出してくる。

 あたしが想像した以上の、いや、あたしが考えていないことまでも。

「……でも、科学的な感じすらしないのよねえ」


「第六感ていうのは、非科学的なもの――天啓や宣託なんかじゃない。ましてや前世の記憶とか守護霊のささやきなんかでも」

「今度はなによ」

「それは経験と知識がもたらす、最適化の一種なんだよ。経験が多くなるほど、知識の幅が広がるほど、第六感はバカにできない指針になる」

 師角がテーブルとベンチに手をつき、あたしにおおいかぶさるような恰好でいった。笑ってなかった。

「ちょ、ちょっと……」

 あたしは状況をよく把握できなくて、師角の肩越しに見える裸電球を見ていた。前世紀のものばかりで埋められた部室、かびくさい、それでいてどこか暖かい――

「おまえをこの部に入れたのは、まさに俺の直観のなせるわざだと思うね……」

 ベンチの背からずれ落ち、そのままベンチに横になってしまいそうだったあたしの肩を無造作につかみ、師角は抱き起した。

 あぜんとするあたしに背を向け、師角は含み笑いをもらす。

「おまえぐらいだよ、こんな部にちゃんと来てくれるのは。俺はそのおかげで退屈せず、こうやってちゃんと学校に来てる。ありがとな」

 せめて照れ臭くなって、顔を見せたくなくてそのまま部室を出ていったのだと思いたい。

 でないと、あたしは――


「あたしって、なんなんだろ、いったい」


 あたしの第六感は、なにも囁かない。

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