彼女の第六感のウソホント

綾乃姫音真

彼女の第六感のウソホント

 日曜日のお昼。陸上部の仲間からのお昼一緒に食べようって誘いを断った私の足は二年A組の教室に向かっていた。予感通り私の机の横には見慣れたトートバッグが掛けてあり、椅子には馴染み深い女子生徒が座っている。


「やっぱり居た」


 県内で今やレアモノとなった指定制服の白地に水色ラインのセーラー服を身に纏っている彼女は、窓際の一番後ろにある私の席に座り頬杖をついて全開の窓の外を眺めていた。その身体は小さく細く、同じ高校生には見えない。冬の終りが近いと報せる山から吹き下ろしてくる風が彼女の腰まで届く長い黒髪をサラサラと揺らしている。


「お昼休憩?」


 勘の鋭い彼女、瀬里せりは背後に居るのが私だと確信しているのだろう。誰かを確認もせずに聞いてきた。


「そうだけど、瀬里は何してるの? 窓開いてると寒くない? 身体冷えるよ?」


 彼女は部活に入っていなければ、休日に補習で呼び出されるような成績もしていない。


「呼び捨てにするな。あたしは先輩よ?」


 顔を外に向けたまま言葉が返ってきた。


「……同級生の瀬里先輩は私の席で何をなさっているのでしょうか」


 確かにひとつ歳上だけど、幼馴染で普段はお互い名前を呼び捨てにしてるのに。何か心境の変化でもあったのかな。先輩呼びされてみたいとか。


「……冗談よ。一年先輩なのに同級生。変な感じ」


「ニ年生も終わるしいい加減慣れない?」


「慣れないわ」


 キッパリと言いながら瀬里は身体ごとこちらを向いた。


「瀬里……」


 その目尻に光るものを見つけてしまい、言葉に詰まる。


「あんたの席に座ってたのは……ちょっと見たいものがあってね」


 言葉に釣られるようにさっきまで瀬里が視線を向けていただろう場所を見る。校庭の端っこで車座になってお弁当を広げる陸上部の面々が居た。もしかしてずっと陸上部の練習を見てたの? 私が輪を抜けて校舎に歩いて来るのも。だから振り向きもせず私だってわかったんだ……。


「そうなの? まぁ私の席だし自由にどうぞ。でも風邪引かないようにね」


「じー」


「いや、擬音出されても」


「あんたが察し良いのが悪い」


「……何年幼馴染やってると思ってるの」


 それこそお互い様だよ。


「そうね。ところで幼馴染さんはあたしのお願い聞いてくれる?」


「……お弁当一人分しかないから分けるのは無理だよ?」


「違うわ。どうせあれはダメこれはダメってまともに食べられないし」


 そう言いながらトートバッグから巾着袋を取り出した。中から出てきたのは小さなお弁当箱と十近い薬。


「瀬里、薬増えた?」


 見たことのない錠剤が増えてる。


「気のせいでしょ」


「……そういうことにしておくね」


 本音を言えば気になる。でもそれ以上に聞くのが怖い。身体、悪いところ増えたの? なんて。


「お願いって言うのは、ツカサ成分を充電させて」


 抱っこしてとばかりに両腕を広げアピールしてくる。彼女の充電とは要するにスキンシップ。


「あの、私ついさっきまで運動してたから汗かいてるんだけど」


 いくら山にはまだ雪が残っている季節とはいえ、三月半ばに半日も運動していれば汗もかく。しかも人一倍汗をかきやすい体質の私としては、そんな状態でスキンシップなんて勘弁願いたい。


「尚いいわ。というか知ってて言ってるもの」


「私がよくないんだけど! 絶対に汗臭いよ?」


 念の為、ジャージの襟を引っ張り中に着てる体操服をスンスンと嗅いでみる。うん、汗臭い、


「今更あんたの汗の臭いに引いたりしないわ。むしろ好きだし」


 言いながら床を指で示す瀬里。座れと? 拒否したいところだけど、涙を見てしまってるところに充電と言い出したんだもんね……拒否れない。というか何かあったよね、絶対。それもよくないことが。


「……もう、お弁当食べる時間は残してよ」


「もちろん♪」


「はぁ」


 そんな嬉しそうな表情されたら、文句を飲み込むしかないじゃん。諦めて壁際に移動してから床に腰を下ろす。剥き出しの脚を揃えて伸ばすと冷え切った床に直接触れて一瞬ゾクッと寒気が走る。けれど、部活で火照った身体にはそれが徐々に気持ちよく感じられるようになってきた。


「ツカサって部活の時、上はジャージ着るのに下はトレーニング用のショートパンツなのね。真冬も?」


 背中を壁に預け受け入れ体勢を整えた私を、主にショートパンツから伸びる太ももを見てそんなことを言ってきた。

 あのね瀬里。それ、同性の幼馴染に向ける目じゃないよ? 完全に性的な視線になってるからね! 声高らかに文句を言いたいけれどスルーされるのがわかりきっているので我慢。代わりに疑問に答える。


「言ったことなかったっけ? 私、太ももとかふくらはぎに布が擦れるの苦手で」


「あー学校指定のハーフパンツですら嫌と? 私服のミニスカ率の高さもそれ?」


 言いながら手で脚を開けとジェスチャーしてくる。


「うん。それで脚を開けっていうのは? 瀬里は制服だもん汚れちゃうよ?」


「床硬いよ? いくらあたしが軽くても上に座るとキツくない? 絶対痺れるし」


「大丈夫だよ。陸上で鍛えてるし」


 正直なところ、スカートの瀬里をこの冷たい床に座らせる訳にもいかない。お腹冷えるし絶対身体によくないもん。それに比べたら私の脚が痺れるくらいなんでもない。どうぞとばかりに私は自分の太ももをペチペチとアピールする。


「それじゃ遠慮なく」


 そう言いながら瀬里が寄ってきて私の脚を跨ぐとこちらの背を向ける。ふと目の前にあるスカートの裾から覗く太ももの眩しさに目を奪われた。黒のニーソと色白の太ももとの対比が絶妙に思える。ニーソのゴムがお肉に食い込んでいるのもグッド。瀬里が座るためにスカートの裾を押さえた。そうすると今度はお尻に目が引き寄せられて……。あ、これお互い様だわ。私も瀬里のことエロい目で見ちゃってる。


「……ん、んん」


 わざとらしいのが自分でもよくわかる咳払い。


「……あんた、あたしのお尻見てなに考えてた?」


 バレてる。これだから幼馴染は不便だ。表情どころか相手を見ていなくても変な勘が働く。そんなことを考えながらも白状することにする。


「顔埋めてスリスリしたい」


 出来たらスカート越しじゃなくて下着越しでお願いします。


「正直に言うな馬鹿!」


「えー」


 大分隠したんだけど。


「この変態」


 ブーメランだよ瀬里。それも特大で高速で返ってくやつ。もっとも本人も自覚あるのか言葉尻が弱かったけれど。

 お尻を私の視界から逃がすように、瀬里が私の上に座った。太ももに感じる彼女の温もりがいつも通りでちょっと安心すると同時に、体重が更に軽くなってることに不安も湧き上がってくる。不安を誤魔化すように瀬里のお腹に両手を回して抱きしめた。密着したことでその長い髪から柑橘系シャンプーの良い香りが鼻孔に届く。彼女の身体はこの瞬間にも折れてしまいそうなほど細い。瀬里の存在を実感するためにギュウっと力を込めた。


「瀬里」


「ん?」


「なんでもない。呼んでみただけ」


 咄嗟に嘘を吐く。失う時が確実に近づいてきているような気がしてしまったなんて言えるわけがない。


「ふーん」


 瀬里は私の嘘にも心の内にも気づいてるはずなのに深く触れないでいてくれる。ありがたいけれど、察してるなら否定してほしいっていうのは我儘すぎるよね……。


「……」


「ツカサ……胸大きくなった?」


「はぃっ!?」


「背中に当たる感触的に。当たりでしょ?」


 いや、話が変な方向に行きかけたから修正したいのはわかるよ!? なんで私の胸に飛び火するのかな――って、私が瀬里のお尻見て変なこと言ったから……私のせい――じゃないっ! 最初に瀬里が私の太ももを変な目で見てきたのが原因じゃん。


「って、今の話の流れで体重かけてこないでよ!」


 完全に胸の感触を背中で堪能しようとしてるよね!?


「もう、耳元でうるさい。別にいいじゃない減るものじゃないし、後でお尻触らせてあげるから」


「まるで私がお尻フェチみたいな言い方やめてもらえるかな」


「事実」


「知らないっ」


 あーもう、表情が見えないのにニヤニヤしているのがわかる。


「……」


「ねぇ、この流れで急に黙るのやめよ?」


 瀬里は返事せずに私の手のひらに自分の手を重ねてきた。


「ちょっと一回解放してもらっていい?」


「え……もしかして体調悪い? 大丈夫?」


「あ、違う違う。やりたいことが出来てさ」


 言われたとおりに腕に込めていた力を抜いて、床に手をつく。瀬里も同じように手をついたと思うと、お尻を浮かせて少し前に移動。私の身体から距離を取ったかと思うと改めて寄りかかってきた。彼女の頭がちょうど私の胸へ。


「……なにしてるの」


「第六感がね、今すぐあんたの胸を枕にしないと死んでから後悔するって」


「適当なこと言わないでよ……単に瀬里が枕にしたいだけだよね……」


「あたしの第六感って意外と当たるのよ?」


 よく知ってる。「中学卒業まで生きられない」なんてお医者さんに言われた時に「案外高校生までは大丈夫な気がする。勘だけど」って、言ってたのが現実になってるんだから。


「当たらないのによく言えるよね……」


 言葉では呆れつつも、声は震えてしまったかもしれない。私は知っている。瀬里は自分の勘を信じられないものにしたくて、外れを確信していたり、嘘を吐く時に「あたしの第六感が~」と言っている。


 ねえ、瀬里……わざわざ休日に私の部活風景を眺めてたり、私といつも以上のスキンシップを求めたり。


 第六感働いてないよね? もし働いてるなら早くいつもみたいに言葉にしてよ。じゃないと……ホントになっちゃうよ? 嫌な予感がする。サーっと血の気が引いていくのが自分でわかった。私の第六感も瀬里に関してはよく当たってしまう。


「ツカサ寒い? なんか震えてるみたいだけど」


「うん、寒い」


 改めて瀬里の身体に腕を回して引き寄せ強く抱きしめる。少しでもこの温もりを感じていられるように。


 瀬里の鼻を啜るような音が聞こえたような気がした。願わくば私たちの第六感が外れますように――。

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