第六感探偵・草薙ハヤトとその助手

澤田慎梧

第六感探偵・草薙ハヤトとその助手

「犯人は……お前だ!」


 とある富豪の屋敷で起こった密室殺人事件。

 警察の初動捜査もようやく終わったばかりだというのに、探偵・草薙ハヤトは現場である広間に集まった関係者の中から、一人の青年を指し示した。


「ええっ!? 僕が犯人だって? 探偵さん、証拠はあるんですか? 僕にはアリバイがあるんですよ」

「証拠なんてものはない! でも、犯人はお前だ」

「ははっ! お話にならないな! とんだ名探偵もいたものだ。――不愉快だ。僕は部屋に戻らせてもらう……って、刑事さん。何故、僕の周りを取り囲んでいるんですか?」


 鉄壁のアリバイを持つ青年は探偵の言葉を一笑に付し、その場を立ち去ろうとした。だが、居合わせた刑事や警官たちは、神妙な顔つきで青年を逃がすまいと囲んでいた。


「残念ですが、貴方を拘束させていただきます」

「はぁ? ちょっと、証拠も無しに拘束とか、一体何の権利があって――うわ、やめろ!」


 確たる証拠もなく令状もなしに身柄を拘束するのは、本来は違法だ。だが警官たちは淡々と、確信に満ちた動きで青年を拘束すると、どこかへ連れて行ってしまった。


「ふう。まずは犯人確保、ですね。草薙さん、ありがとうございました。――それと渡瀬わたせさん、

「分かりました。後はこちらにお任せください」


 刑事がこちらに向き直り深々と頭を下げて依頼してくる。どうやら今回も私――渡瀬に『解決』を丸投げするつもりらしい。

 「少しは仕事しろ!」と内心でイラつきながらも、私は愛想笑いを浮かべてそれを快諾するのだった。


   ***


 草薙ハヤトは名探偵だ。

 どんな難事件も、現場や遺留品、容疑者などを一通り目にした途端ピタリと犯人を言い当てて見せる。その的中率は驚異の百パーセント!

 実に神懸った洞察力の持ち主なのだ。


 同時に、草薙ハヤトは探偵でもある。

 犯人は見事に言い当てる。だが、のだ。直観かつ直感的に犯人が分かってしまうのだが、「何故」だとか「どうして」だとかは、本人にも分からない。ただ、ピタリと言い当てられるだけなのだ。

 まさに神懸り。「推理」ではなくある種の超能力のようなものだった。


 そんな事情から、ハヤトはこう呼ばれていた。

 「第六感探偵」と。


 けれども、世の中「百パーセント犯人を当てる探偵が『犯人だ』と断言したから起訴します」とはいかない。「何となく怪しいから」で済んだら警察も検察も裁判所もいらない。

 犯人を裁くには、きちんと「証拠」を積み上げる必要がある。地道な捜査と調査によって、証言などの「人的証拠」や遺留物などの「物的証拠」を集めなければならない。それらは警察の大切な仕事だ。


 だというのに――。


「え~と、じゃあまずはこれ。凶器はこの『現場に落ちていたナイフ』で間違いない?」

「違う! それは偽装された凶器」

「ふむふむ、なるほど……。じゃあ、次ね。殺害現場はこの広間で間違いない?」

「それ以外の何処だっていうのさ?」

「現場は広間で合ってる、と。じゃあ、次は――」


 ハヤトと、その助手であるところの私は、事件現場である屋敷の一角に陣取り、警察が初動捜査で得た「証拠」のをしていた。

 今話していたように、ハヤトにある「証拠」を見せてその妥当性を尋ねると、必ず「YES」か「NO」かで答えが返ってくる。これを一通り繰り返すと、それら「証拠」が有効であるか否かを示す〇×表ができあがる。

 警察はこの一覧表を見て、更なる調査・捜査の指針を決め、確保した犯人の起訴を目指す、という仕組みだ。


 本来ならば、警察が地道に精査すべきところを、私たちが肩代わりしていることになる。何かの法に触れそうなものだけれども、警察や検察のお偉いさんにも「草薙さん渡瀬さん、頼りにしてますよ」なんて言われたことがあるので、どうやら組織ぐるみののようだった。


「――えーと。じゃあ、次ね。この事件は単独犯で間違いない?」

「何を言っているんだ渡瀬。共犯者がいるに決まってるじゃないか」

「……なるほど。じゃあ、共犯者は誰?」

「メイドの子。新人の方」


 「YES」か「NO」以外にも、「●●したのは誰?」というような聞き方をすれば、ハヤトは端的にその人物を名指ししてくれる。

 けれども、犯人当ての時と同じくその理由や詳細、まだ明らかになっていない事実などは教えてくれない――というか、ハヤト自身も言語化できない。

 こちらが具体的な質問をして初めて、ハヤトも明確な言葉として答えを口にしてくれるのだ。なんだか「水平思考パズル」でも解いているみたいな気分だった。


「――よし。とりあえずは、これで終わりだね。お疲れ様、ハヤト。私は刑事さんに報告書を渡してくるから、一休みしてて」

「待て渡瀬。報告書は俺が渡してくる」

「ええ? なんで?」

「何でって、あの刑事お前を狙ってるぞ。今日あたり食事に誘われるはずだ。そういうの、嫌だろう?」


 ハヤトがいつもの調子で、そんなことを言い出した。


「え、ハヤト……。そういうのも、分かるの?」

「当たり前だろう。俺は名探偵だぞ」


 「ドヤア」と胸を張るハヤト。そういうところは出会った頃のままで、どこか子供っぽい。


 ――私とハヤトは小学生からの腐れ縁だ。

 初めて話したのは、クラス替えで隣の席になった時。

 開口一番「なるほど。お前とは上手くやっていけそうだな。末永くよろしく」と仰々しい挨拶をしてきたので、最初は「変な奴」という認識だった。


 仲良くなったきっかけは、やはり「事件」絡み。

 ある日、私の友達の体操服が盗まれた。疑われたのは主にクラスの男子だ。被害者の子は、とても可愛い女の子だったから、容疑者は沢山いた。

 犯人捜しの学級会では、女子は男子達を糾弾し、男子達は下品な言葉で女子達を罵るという地獄絵図が展開された。

 そんな中、ハヤトがポツリと言った。


「え? 犯人は先生だろ?」


 「担任の先生が犯人」というハヤトの言葉は、当然のことながら総スカンを食らった。当の先生も激怒し、ハヤトが責められた。

 けれども、私は被害者の子から「先生がやたらと体を触ってくる」という相談を受けていたから、ハヤトの言葉にピンときてしまったのだ。


 そのまま、こっそりと教室を抜け出し、職員室にいた校長先生を説き伏せて、担任の先生のロッカーを検めると……出てきた出てきた、女子児童の持ち物がわんさかと。

 担任の先生は、見事「御用」となった。


 その後、ハヤトに「なんで先生が犯人だと分かったのか?」と尋ねたところ、返って来たのが、

「そんなの見りゃ分かるだろ」

だったのだから恐れ入る。それ以来、何かと直観的過ぎるハヤトの物言いをフォローしていたら、いつの間にか「探偵と助手」という関係に落ち着いてしまっていた。人生は分からない――。


   ***


 警察への報告を終えて、私とハヤトは帰路についた。


「ハヤトの言った通り、刑事さんに食事に誘われたよ。お断りしたけど」

「だから言っただろ」


 助手席に座るハヤトの顔がどこか不機嫌そうなのは、道が渋滞しているからではないだろう。私が忠告を無視したからかもしれない。

 でも、ハヤトの「第六感」が色恋沙汰でも的中率百パーセントなのか気になったのだから仕方ないじゃないか、と車のハンドルを握りながら心の中で独り言ちる。


 実際、ハヤトがあんなことを言ったのは初めてだった。

 ハヤトが他人の色恋沙汰を暴いたことは殆どない。

 なので「もしかしたら、色恋沙汰が絡むことは分からないんじゃなかろうか?」と、以前から疑っていた。


 何せ、にも、ハヤトは気付いていないのだ。

 きっとそうなのだと、半ば自分の中で結論が出ていた。

 けれども――。


「あの刑事も、断られると分かっているのによくやるな」

「ええ~? 私、そんなにガード固そうに見える?」

「何を言っている? 、よく粉をかける気になったな、と言っているんだ」

「……は、はい~!?」


 思わずハヤトの顔をガン見する。そこに冗談の色はない。いつも通りの仏頂面の横顔が、そこに鎮座していた。

 ――今が渋滞中で良かった。走行中だったら間違いなく事故っている。


「え、え? い、いつから? いつから気付いてたの?」

「いつからって……そんなの、お前が俺と同じ高校を受けるって言った時からに決まってるだろ」

「……マジでか」


 それは確か中学二年の冬のことだ。はっきりとハヤトのことを異性として意識したのは、確かにその頃だった。


「気付いてたんなら言ってよ。……というか、ハヤト。もしかして、私が一方的にモヤモヤしてるの見て、愉しんでたの?」

「何を言っている? 俺も渡瀬のことを好きに決まってるだろう」

「……っ!?」


 あまりに直球過ぎる言葉に、火が出そうな程に顔が熱くなる。

 ハンドルを握った手も汗ばんで、なんだかふわふわして現実感がなくなってきた。

 今が渋滞中で良かった。走行中だったらきっとアクセルを踏み抜いている。


「そ、そういう大事なことを、こういう時にしれっと言う? もっとこう……ムードとか! タイミングとか! 告白にもやり方ってもんがあるでしょう!?」

「何を言っている? 告白なら随分前にしたじゃないか」

「はい? え、いつ?」


 ハヤトが呆れたように言ったが、私には全く覚えがない。


「いつって……お前だって覚えているだろう? 最初に話した時にこう言ったのを。『なるほど。お前とは上手くやっていけそうだな。末永くよろしく』って。――告白というか、プロポーズのつもりだったんだが。あの時、ピンと来たんだよ。『あ、こいつとは一生一緒にいるな』って」


 そこでハヤトは、初めて照れたような素振りを見せた。


(おしまい)

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第六感探偵・草薙ハヤトとその助手 澤田慎梧 @sumigoro

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