第13話

scene13 でんでん太鼓


めっきり秋らしくなってきました。

近くの銀杏も見事なまでの黄葉です。

神楽坂の坂道のあちこちも紅葉に黄葉にと、すっかり秋の装いです。

お店近くの小さなお社の前で。


テテテテテン


でんでん太鼓の音が聞こえた気がしました。

石の間。小さな錆ついた金属枠が微かに光っているのが目に入りました。


「あー珍しいわ。これでんでん太鼓やん。ちょっと昔はこのへんも

秋のお祭りとかあったんやろなー」


「へー。天ちゃんこのあたりのお祭り詳しいの?」


「知らんけど」


「‥はいはい」



そういや私の実家の神社も、秋の例祭には屋台が何軒も集まり賑やかでした。

秋の例祭にお正月。人が多く集まるこの季節は賑やかで好きだったな。


リュック鞄からビニール袋を取り出します。元はでんでん太鼓だったであろう金属枠を拾い入れます。朝のゴミ拾いを兼ねて。そんな軽い気持ちで金属枠を持ち帰りました。


「天ちゃん今日は寒いね」


「ホンマやわ。早よお店行こ」


「そうね。今日の朝ごはんは何かなー?」


「今日のチーズは何かなー?」


「チーズは毎日変わらんやん!」


「ホンマやわ」


(ダメだ。せっかく東京弁を覚えたいのに、テンちゃんと喋ってるとついつい関西弁が出てしまう‥)

実は偉いお狐さまだったりする(らしい)天ちゃんも、周りの人からはよく懐いた白い野良猫に見えるそうです。


カランカラン


アンティークのドアベルを鳴らして店内へ。私がアルバイトをしているカフェ神楽坂です。


「おはようございます」


「おはよー」


お店を切り盛りしているのはいつも綺麗なナナさん。


「ああ、瑠璃子君おはよう」


新聞を読んでいるのは、お店のオーナー兼私の大学の教授の八雲先生です。


カウンターには昨日まではなかった鉢植えが飾られていました。


「ナナさん、かわいい植木ですね」


「でしょー。昨日お客さんが持ってきてくれたのよ」


「りんご?」


「そう、姫りんごよ」


ピンポン玉よりも小さな、真っ赤なりんごが5粒ほど生った植木です。


「かわいいわね」


2人して植木鉢を愛でました。


「りんご飴のりんご?」


「そうそう、屋台のりんご飴もこの姫りんごね」


テテテテテン


また音が聞こえました。


「瑠璃子君それは?」


「朝、神社の脇の石の間で見つけたんです」


先生が興味深げにビニール袋から金属枠を取り出して眺めます。


「でんでん太鼓の枠だね。おそらく昭和40年代くらいかな。ひょっとして秋まつりの屋台で売ってたやつを子どもが落としたのかもしれないね」


でんでん太鼓。ブリキの太鼓枠の真ん中に棒があり、太鼓の左右、紐で吊るされた玉を振って音が鳴る、あのレトロな民芸玩具です。


「朽ちる前、最後に瑠璃子君にみつけてほしかったのかもしれないよ」


「そうなんですかね」


「ああ。まだ歴史はないものにだって心が宿ることもあるからね」


「錆びて朽ちる前に、瑠璃子君に看取られてこのでんでん太鼓も幸せだったんだろうね」


「看取る?」


「看取るの看(み)は手で見るの意味。手をかざして物を見る。つまりは見抜いたり見守ったりする意味だね」


「はい」


「朽ちる前にでんでん太鼓は瑠璃子君の手にあったわけさ。まさに本懐だろ」


「はい。であれば嬉しいです」


「ところで瑠璃子君は平成生まれ?」


「はい。平成です」


「先生、私もギリ平成生まれ!」


「そうか、平成生まれの人も今は普通だもんね」


「先生だけ昭和生まれー」


「ははは。そうだね。君たちにはわからないか。

昭和は遠くなりにけりってね」


テテテテテン


またあの太鼓の音が聞こえました。


「はい朝ごはんできたよ。」


カフェ神楽坂 うれしい朝夕の賄いです。


「ナナさん、今日は何ですか?」


「今朝はりんごトーストよ」


「うわーすごい!」


1枚の食パンの全面に皮付きスライスりんごが綺麗に並びます。

赤と白の細やかなコントラストも食欲をそそります。シナモンパウダーがアクセント。

ちょっぴり焦げめがあるのはバーナーでつけた?

バターが溶け出したところもいいなぁ。


「「いただきます」」


トーストのカリッと食感にりんごのシャキシャキ食感が美味しい!りんごのほのかな甘みと酸味が口に広がります。バターが溶け出たところは焼きりんごのようにもなっています。デザートみたいなんだけど、ちゃんと朝食として成り立っている美味しいトーストです。


「ナナさん今日も最高です!」


「ありがとうねー。ベーコンにも合うでしょー」


りんごトーストの横には、サラダとカリカリのベーコンが添えられています。


「本当だ。カリカリベーコンの塩っけがまた甘塩っぱくて合います!」


私の横に座った天ちゃんが叫びます。


「塩気といったらチーズやがなー」


「はいはい、天ちゃんもチーズどうぞ」


ナナさんがキューブチーズを剥いてあげています。


「いぇーい」


嬉々としてチーズの前で踊り待つ天ちゃん。


「毎日毎日懲りずに‥お前阿保だな」


クールな玉ちゃんが言います。


「アホにアホ言うたらあかんのやでー」


「いや阿保は阿保だろ」


天ちゃんと玉ちゃんの毎度の口喧嘩が始まります。




「今日のような秋晴れの日に、」


先生が話されます。


「ここの神社の秋祭りも賑やかだったんだろうね」


「そーねー」


「それにしても、天高く馬肥ゆる秋ですなー」


「何や知らんけど、さすが先生!えーこといわはるわー」


「お前、わかっていってるのか?」


「アホにアホっちゅーたらあかんのやでー」


「ああ、そうだな‥」


フフ


みんながコッソリ笑います。


「馬だけじゃないわよ。テンちゃん、チーズばっかり食べてると太るわよ」


「言わんといてーな」


テテテテテン

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る