第六感の真実 ~別れが訪れるその時まで~

無月弟(無月蒼)

第六感の真実 ~別れが訪れるその時まで~

「芹って、勘がいいよね」


 放課後の教室で、数人の友達と談笑する中、話していた中の一人がそんなことを言ってきた。


 さっきの授業で抜き打ちテストがあったんだけど。さらにその前の昼休み、あたしが見事それを言い当てたのだ。

 次の授業で、テストがある気がするって。


 最初は半信半疑だった友達も、今ではあたしに感謝している。

 ね、勉強しておいて良かったでしょ。


「そういえば前にも、テストの問題を言い当てた事があったよね。他にも、クラス替えで誰が同じクラスになるかを、当てたこともあったっけ」

「第六感って言うのかな。芹ってば本当に鋭いよ」

「えー、そうかなー。そんなことないと思うけどー」


 はははと愛想笑いを浮かべながら、心の中で思う。

 本当は、勘なんて鋭くない。もし本当に第六感なんてものがあるのなら、あの時妹が死ぬのだって、予知できてたはずなのだから。



 ◇◆◇◆



 あたし、鈴代芹には妹がいた。なずなって名前の、あたしと瓜二つの、可愛いかった妹。

 5年前。小学生の時に病死した、双子の妹だ。


 あたし達は顔はもちろん、趣味や服装、食べ物の好みまで、何から何までそっくりだった。

 何をするにも、いつも一緒。あたしが何かしたら薺も真似するし、薺が鉄棒で逆上がりができるようになると、あたしも負けじと練習してできるようになった。


 そんないつも一緒のあたし達だったけど、どうしてあんなことになっちゃったかなあ。


 あれは小学6年生の夏、修学旅行前日のこと。

 薺が急に、熱を出して倒れたのだ。


 いくらそっくりな双子といっても、風邪を引いたり病気にかかったりするタイミングまで同じと言うわけじゃない。

 明日から修学旅行だってのに、なんて間の悪いって思ったのを覚えている。


 そして次の日、修学旅行当日になっても熱は引かずに、薺はお留守番。

 あたしは自分だけが楽しんでいいのかなって思ったけど、薺は頭が痛いのを我慢しながら、笑顔を作って言ってきた。「あたしの分まで、楽しんできて」って。


 そんな風に言われたら、行かないわけにはいかない。お土産買ってくるから、楽しみに待っててねって言って家を出たんだけど。

 どうしてあの時、第六感が働かなかったのだろう。


 旅行中、博物館かどこかを見学していた時だったと思う。先生が慌てた様子であたしの所に来て、告げたのだ。

 薺が亡くなったって。


 修学旅行はそこで終わり。すぐさま家に帰ったあたしを待っていたのは、冷たくなった薺だった。


「ウソ、ウソだよね薺。ふざけてないで、目を開けてよ!」


 冷たい薺の亡骸にしがみついて、あたしはワンワン泣いた。


 どうして薺を置いて、旅行に行ったんだろう。

 修学旅行なんかよりも、もっと薺と話をしたかった。最後の瞬間まで、一緒にいたかったのに。




 あれから5年。今では薺のことを知らない友達も、たくさんできた。

 そして友達はあたしのことを、勘が鋭い。中には、『第六感の芹』なんて、ちょっと痛い二つ名で呼ぶ子もいるけど。本当は勘が良い訳じゃないんだよね。


 だって、だって本当は。


『あー、面白かった。みんなビックリしてたね』


 下校中、あたしの隣で薺が、楽しそうにケラケラ笑う。


「抜き打ちテストの情報は助かったわ。お礼に今夜、好きな物をお供えしてあげる」

『本当!? それじゃあ駅前のケーキ屋の、シュークリームが良いなあ。あそこのシュークリーム、美味しいんだよねえ』


 目をキラキラと輝かせる薺の姿は、小学生の頃と変わらない。

 当たり前か、幽霊なんだもの。


 薺が死んで三日後。悲しみにくれていたあたしの前に現れたのは、薺の幽霊だった。

 あたしは驚いて口をパクパクさせたけど、薺はあっけらかんとした態度。


『なんかよくわからないけど、幽霊になっちゃったみたい。成仏する方法なんて分からないから、しばらくよろしくー』


 よろしくー、じゃなーい!

 呑気に笑う薺を見て、涙なんて引っ込んじゃった。

 で、それから今まで、薺は変わらずあたしの側にいるのだ。


 みんなはあたしのことを、勘が鋭い何て言ってるけど、第六感の正体は薺なの。

 どうやらあたし以外の人には、薺の姿は見えないし声も聞こえないらしく、時折ふらっといなくなっては、やれクラス替えを見てきたとか、先生が抜き打ちテストやるって言ってたとか、のぞき見してきた色んな事を、教えてくれるんだよね。


 だから本当は第六感じゃなくて、霊感と言った方が良いのかな。


『シュークリームシュークリーム。お姉ちゃん、早く早くー!』


 夕焼けに染まる町の中を、薺が小走りに駆けて行く。

 まったく、落ち着きのない妹だよ。


 昔はどっちがどっちか分からないって言われるくらい似ていたのに、今のあたし達はまるで違う。

 あたしは成長して高校生になったのに、薺は小学生の頃のまま。あの頃から、少しも成長していないんだ。


 そんな薺の小さな背中を見ると、時々どうしようもなく不安になる事がある。

 後どれくらい、あたし達は一緒にいられるんだろうって。

 

 修学旅行の最中、薺が死んだと先生から聞かされた時は、信じられなかった。

 薺ともう二度と会えないと思うと


 ――辛かった。


 ――悲しかった。


 ――寂しかった。


 ――苦しかった。


 いつかまた、あんな思いをしなくちゃいけないのかと思うと、胸が張り裂けそうになる。


 もう5年も一緒にいるのだから、このままずっといてくれるんじゃないかって、虫の良いことを考えたこともあるけど、たぶんそうはならない。

 元々こうしていることの方が普通じゃないんだもの。これはきっと、神様がくれた奇跡の時間なんだ。


 だけどいつか。たぶんあたしが大人になるまでには、薺は消えてしまう。

 何か根拠があるわけじゃないけど、何となくそう思うの。


 これこそが、あたしの本当の第六感。そしてこれは、きっと当たっている。

 永遠に続く時間なんて、この世にはないんだから。


 センチな気分に浸っていると、前を歩いていた薺がくるりと振り返った。


『どうしたの、お姉ちゃん?』

「何でもない。さあ、シュークリーム買いに行こう」


 昔と同じように、二人並んで歩いて行く。



 別れの日は明日なのか。それとも一、二年先なのか。

 それはまだわからないけど、いずれ訪れるお別れの時まで。神様がくれたこの時間を、あたしは大切にしていきたい。






















 70年後。


『第六感、外れちゃったね芹お婆ちゃん』

「お婆ちゃん言うな。何十年経っても小学生のあんたが、あたしゃ羨ましいよ」


 おしまい♪

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