ギフテッド

新巻へもん

ほぼ無能

「さて、お昼は何にしようか?」

 紗耶香はカフェテリアのガラスケースの前で中のサンプルを眺める。この大学のカフェテリアは、そう名乗るのはどうなのかという安食堂風の佇まいながら、味だけは悪くない。


 ただし、カレーやラーメン以外の日替わりランチの選択肢が、豚バラの生姜焼き定食、鳥唐定食、スパカツ定食の三択というのはどうなのだろうか? 一応、在校生の4割弱は女子大生なのだから、もうちょっとオシャレなメニューがあってもいいと思う。


 いえ、私は唇を油でテラッテラさせながら豚バラでも鳥唐でもカツでもかみ切るのは全然いけますですよ。しかしですね、某世界的コングロマリットのお嬢様である紗耶香が、こういう物を食すというのはそぐわないと思う。普段はフォアグラのトリュフソース、キャビア添えとかそういうものを食べているんじゃあるまいか。知らんけど。


 まあ、密かに護衛することになっている紗耶香から、社会勉強のためにカフェテリアで食事をしたいと言われては、私らエージェントとしては仰せのままにと答えるしかない。相棒の霧斗が紗耶香の横に立つ。一緒に眺めるふりをしながら私に向かってチラリと視線を送ってきた。


 私は目を閉じる。目蓋の裏に明滅する星が現れた。結構でかい。私は目を開いて軽く頷いてみせる。霧斗の体がごくわずかに震えた。

「唐揚げはやめた方がいい。ここの鶏肉はあんまり旨くない」

「霧斗くんがそう言うならスパカツにしてみます」


 むむ。鳥唐の気分だったのだが仕方ない。私もスパカツにするか。カレーを頼んだ霧斗と3人で会計を済ませ、確保したテーブルで食事をした。霧斗が一緒なので面倒なナンパ野郎が寄ってこず、ゆっくりと会話をしながら食べることができる。紗耶香と二人だけだと睨みつけたり牽制したりと忙しくなってしまう。


 午後の授業も大過なく終え、迎えの車に紗耶香を乗せて、本日の任務は完了。紗耶香は霧斗に名残惜しそうな目をしていた。やれやれ。家に帰ろうとすると霧斗が珍しく声をかけてくる。

「お茶でもしていかないか?」

 私はまじまじと霧斗の整った顔を見る。


 私たちは紗耶香の護衛をペアで務めているのでいつもキャンパス内ではほとんど一緒にいるが特別な関係ではない。一応秘密を共有しているという関係だが、仕事とプライベートは切り離していた。霧斗は私の手を取って歩き始める。私は手が汗ばんでいないかが気になって仕方なかった。


 カフェでコーヒーを飲みながら、霧斗はスマホをいじり始める。期待は急速にしぼみ、私はバッグから文庫本を取り出して読み始めた。

「智子」

 声をかけられて目をあげる。霧斗がスマホの画面を向けてきた。踏切内で立ち往生したトラックと電車の衝突事故の速報ニュースが表示されている。


 先頭車両が大破している衝撃的な画像に目が釘付けになった。あのまま駅に向かっていたら、その電車に乗っていたはずだ。私の定位置は先頭車両……。血の気が引くのを感じる。霧斗が手を重ねてきた。どんな危険な任務からも必ず帰還する凄腕のエージェントは柔らかな笑みを浮かべる。


 霧斗は特殊能力者だ。いわゆる第六感が異常に鋭敏で、自らに降りかかる危機の回避能力が凄い。事前にキュピーンと脳に電流が走るような感覚がでるらしい。これは自動的に発動する受動能力パッシブだ。それとは別に自らの意思で第三者を対象として第六感を働かせることができる。この能動能力アクティブは疲労が激しく何度も使うことができなかった。


 この制約があるので本来なら霧斗は潜入や破壊工作などは得意だが、護衛任務は向いていない。そこでパートナーに選ばれたのがこの私。私のアクティブは、選んだ対象が今がその時かどうかを判断するもの。対象を思い浮かべながら目を閉じ光が明滅すれば、その時だ。なんとも曖昧な能力で単独ではほぼ意味がない。ただ、霧斗と組むことで彼が能力の使いどころを適切に選ぶことができた。


 私は組織内では三流どころか四流のエージェントだ。今回の任務に選ばれたのも護衛対象と同じ女性だからというのに過ぎない。一応訓練は受けているので、それなり格闘も射撃もできる。一般的なボディガード程度の働きは可能だ。でも、能力者ぞろいの組織では肩身が狭いったらない。そんな私がエースと組むことへのやっかみも強かった。


 それでも、今のことろちゃんと任務は果たせているはずだ。紗耶香がランチに何を食べるかという一見どうでもいい行為に対して、霧斗は能力を使い、鳥唐は避けるようにアドバイスした。その理由は分からない。鶏肉が傷んでいるのかもしれないし、誰かが毒を仕込んでいるのかもしれない。いずれにせよ、危険は回避できた。


 霧斗と私は電車に乗る方向が違う。この大惨事を感じ取ったのはパッシブではありえない。

「霧斗。あなたまさか……」

「ああ。使ったよ」

「どうして?」

「大切なパートナーだからね」


 この発言は非論理的だ。あくまで、私たちは今回の護衛任務が終わるまでのパートタイムのパートナーに過ぎない。私が居た方が効率的だが、霧斗一人でも任務をこなせないわけじゃない。組織内での私たちの立場も全然違う。エースと落ちこぼれでは話にならない。


 心臓が早鐘を打った。重なる手の温もりが、この任務を始めてから押し殺してきた感情と胸に秘めてきた言葉を私の中でどんどん大きくさせる。

 私は祈るような気持ちでそっと目を閉じた。

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ギフテッド 新巻へもん @shakesama

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