森川くんが怪しい……私の第六感が冴えてません?

香澄るか

森川くんが怪しい……私の第六感、冴えてます!?


「森川君って、魔法使い?」

「……え?」


 言われた当人、森川稔もりかわみのるは、窓の外をみていた頬杖をついたポーズのまま、目をまるくして固まる。

 周りも、私東雲しののめいちかの発言に静まり返る。


「ちょっ、いちか、何言ってんの!?」

「ついに頭おかしくなったんか……っ」


 慌てて友人の奈波ななみと陽平が両脇を抱えるようにして、森川君の机から私を無理矢理引き剥がす。


「ごっ、ごめん森川! この子ちょっと頭お花畑だからさっ……!」

「俺らに免じて許してやって!?」

「……別に、いいけど」


 森川君は、必死に謝る二人に気圧された表情で、ぎこちなく頷く。

 そして顔を動かすと、私を見て一言『東雲さんって面白いね』と、言った。


***


「なんであんなこと言ったの!?」

「へ?」

「へ? じゃねーよ。何なんだよあれ。クラスのやつらビビってたぞ」


 昼休みの中庭。友人たちとの楽しい美味しいランチタイム……のはずが、私は絶賛お説教タイムを味わっていた。

 言わずもがな、原因はさっきの発言について。

 おっちょこちょいと言われる私を心配し、昔からいろいろと干渉する二人だが、最近は輪をかけて口うるさい気がする。

 私はお腹が空くあまり、お弁当の包みを開けるのをフライングしながら、ぶすっと口を尖らせ返答する。


「だって、森川君、気になるんだもん」

「いちか~……っ」

「だもんって、全然かわいくねーぞ」

「はあ?」

 

 頭にきて、陽平を睨む。

 あんたが奈波を好きなこと、ここでバラしてやろうか!?

 なんとなく伝わったのか、陽平が一瞬怯む。

 すると、勘違いした奈波がいちかに睨まれたくらいで怯んでんじゃないわよ! と、陽平の背中を容赦なく叩いた。

 ちょっと爽快なんて思いながら、私は会話を再開させる。


「森川君、独特の雰囲気漂わせてるでしょ? それに、あの時だって……」

「助けてくれた?」


 繋げる奈波に、私はこくりと頷く。

 わりと最近の話だ。私たちは、三人で隣町のあるイベントへ行くつもりでいた。ところが、偶然側で話を聞いていた森川君が「今日は行かない方がいいよ」と止めた。私たちは、最初こそ戸惑ったものの、彼のあまりに真剣な目に負けて、イベントへ行くのを取りやめた。

 その翌朝だった。行くはずだったイベント会場で昨日事故が起きていたことをニュースで知った。もし、あの時彼の言葉がなかったら、三人とも事故に巻き込まれていたかもしれない。


 私はあれ以来、妙に彼のことが気になってしまうようになった。


「……確かに、あんなことあれば意識するかもだけど、いちか、森川君が好きなんじゃない?」

「「え!?」」


 なぜか、私と陽平の声がそろった。

 今度は、陽平が驚いた顔のまま、奈波と一緒に私をみる。


「……マジで?」

「いや、まだ私なんも言ってないし」

「お似合いだけどね。あんたと森川くーん」

「無駄に伸ばさないで。そっ、そんなんじゃないんだから、コレは私の第六感なの!!」


 私は突然のことに動揺が隠せなくてお弁当をかきこむ。

 その時、どこからか話し声がきこえた。

 三人で同じ方を見れば、そこには噂のひとの姿があった。


「げっ。森川じゃねえかよ」

「しかも、えっ、岡本さんが一緒じゃん。見て、めっちゃにこにこなんだけど!!」


 奈波たちが興奮気味にふたりを指さす。

 岡本さんというのはウチの学校の用務員さんなのだけれど、簡単に言うと、気難しい。私たちの行動に常に目を光らせていて、なにかあると遠くだろうが近くだろがすぐ怒鳴ってくる。おまけに強面なので黙っていても怖い。喋ったらさらに怖い。

 生徒たちだけでなく先生たちも遠巻きにするような存在のひとと、森川君は談笑しているのだ。


「やべえ。めっちゃ怖えんだけど……ホラー?」

「やっぱり、ただ者じゃないよ森川君」

「あいつ、岡本の弱味でも握ってんじゃねえの?」

「弱みって? 例えば?」

「知らんけど」

「「…………はあ」」

「なっ、何だよ!?」


 やれやれ……と、あてにならない陽平は放っておいて、私と奈波はランチを食べることに集中した。



***


 こうなったら証拠を掴むしかないと意気込んでいると、チャンスが巡ってきた。

 下校をしていると、ちょうど前を歩く森川君と遭遇したのだ。

 私はとっさに物陰に隠れながら、彼の跡をつけてみることを決めた。


 でも、彼はいたって普通だった。変わったことと言えば、道行くいろんな人に声を掛けられていたこと。

 お帰り。こないだはありがとう。またいつでも遊びにおいで。おじいちゃんおばあちゃんによろしく。

 森川君は、その言葉のひとつひとつに丁寧に応え、たまに笑っていた。

 私は、彼にこんな一面があったことに驚いた。学校での森川君はあまり喋らない。いつも窓の外をみているか、ふらっと教室から居なくなって、授業になるとどこからか現れる。

 ずっと、不思議で、なんだか猫みたいなひとだと思っていた。

 彼がどんなことを考えているのか、本当はどんなひとなのか、見ているうちにますます興味を惹かれた。


「東雲さん?」

「えっ……」


 ハッとしたときには遅くて、森川君がこっちを見ていた。


「き、奇遇だねえー……」

「跡つけてるのバレバレだよ。東雲さんは探偵向いてないね」

「ねえ、やっぱり、魔法使い?」

「あははっ。それ、まだ言ってるんだね」


 森川君が破顔する。

 さっきもだけど、彼が笑うのを初めてみた。


 大人っぽい顔立ちだけど、笑うと幼くってかわいいなー。

 ぼんやりそんなことを思うが、奈波の言葉がよぎって、その言葉と一緒に打ち消した。


「もしかして、俺が魔法使いじゃないか調べてるの?」

「えっ、や、ちょっと……だけ」

「ふーん。じゃあ、アジトくる?」

「え!?」


 意外な言葉だった。


***


「ただいまー」

「あら、そちらは?」


 森川君に続いて家へ入ると、上品なおばあさんが出迎えてくれた。


「クラスメイトの東雲さん」

「はっ、初めまして! 東雲いちかです!」

「いらっしゃい。稔が誰か連れてくるなんて初めて。おじいちゃんも喜ぶわ。ふふ」


 おばあさんはなんだかすごく楽しそうだった。

 おじいさんも揃うと、なんだかやっぱり楽しそうに私たちを見ていた。

 森川君は苦笑して、私は緊張していた。


「今日はどうして家へ?」

「あっ、あの……えっと」

「俺が魔法使いって証拠を探るためだよ」

「「えっ?」」

 

 おじいさんとおばあさんがそろって驚く顔をした。

 私はなんだかいたたまれず、隣で森川君は肩を揺らしていた。


「本当に、いいの……?」

「どうぞ」


 そう言われて入ったのは、森川君の部屋だった。正確には、書斎だったけれど、彼の物や生活感の垣間見える物が目に入ると、他人の家ということを嫌でも意識してしまってそわそわした。


 勧められたソファーに二人並んで座る。

 思えば、森川君とこんな近くにいたこともない。


「ねえ、どうして私を家に上げてくれたの? こんな言い方すると……だけど、友達ってわけでも、学校で特別話すような仲でもない相手を」

「東雲さんだから、かな」

「え?」


 予想外の返事に驚く私に反して、森川君はくすりと笑う。


「俺が前に、東雲さんたちがイベントへ行くのを止めたこと、憶えてる?」

「えっ……うん! 忘れないよ。だって、あのお陰で私たち、無事だったんだから」


 そう言うと、森川君は一度席を立って近くの本棚へ向かった。

 戻ってきた彼は、一冊のアルバムを手にしていた。

 そっとページを捲ってみせられたのは、家族写真。


「これ、俺の父さんと母さん。俺が小さい頃に亡くなってるんだ」

「そうだったんだ……」

「話したかったのは、そのことっていうより後なんだけど……。両親が亡くなったあと、いつからか、危機察知能力みたいなものが鋭くなってさ。実をいうと、自分や誰かに危険が迫っていると、なんとなくわかるんだ」

「えっ……!? じゃあ、それで私たちを止めてくれたの!?」


 初めて知った事実に驚く私に頷きながら、森川君は話を続ける。

 

「でも俺……びっくりしてさ。突然あんなこと言ったら、だいたい怖がるか、気味悪がったりされるのに、東雲さん朝一で俺のところ来てありがとうって言ってくれたんだ。今でもあの時の顔思い出せる。……初めて、言ってよかったって思った」

「森川君……っ」

「あの日からかな、俺、一方的に東雲さんには心許してるところあると思う。だから、家に誘った。……じいちゃんとばあちゃんちゃんの視線は申し訳なかったけど、これで、魔法使いの正体はわかったでしょ?」


 森川君が悪戯っ子みたいに笑う。

 私はもう観念するしかなかった。


「ごめんね。もう、魔法使いは言わない……」

「ははっ。大丈夫。最初は驚いたけど、面白かったから」

「でも、鋭い第六感はあったってことで、私の勘も冴えていると思わない?」


 そう投げてみたら、とたんに森川君が不敵な笑みを浮かべながらこう言った。


「じゃあ、俺が東雲さんのことどう思ってるか当ててみてよ」





 

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