もふもふは第六感が鋭い

羽間慧

もふもふは第六感が鋭い

 ボクは勘が働く。


 フォアボールで出塁したランナーは、得点に絡む。

 ピンチをしのいだ後は、味方が追加点を上げてくれる。

 ファインプレーをした選手の打席は、何かが起こる。

 

 どう? すごいでしょ。ボクの第六感があれば、チームを勝利に導くことだって可能なんだ。相手ピッチャーがどんな球を投げるのか、ボクにかかれば試合前に察知できるもんね。安仁屋算で叩き出された勝利数も、夢じゃないよ。百八勝は伊達じゃない!


 ただ、懸念材料は一つだけ。

 野球は、ツーアウトからドラマが待っているスポーツだってこと。


 十点も取っていても、攻撃の手は緩められない。今夜も嫌な予感がした。





 九回表、ボクらの守護神はアウト二つを取った。見逃し三振、空振り三振。キャッチャーミットに吸い込まれたストレートに、お客さんは歓声を上げた。もちろんボクも大興奮。グラウンドに行って勝利の挨拶をする光景が思い浮かんでいた。守護神が最後の打者にフォアボールを与えるまでは。


 フォアボールで出塁したランナーは、得点に絡む。ボクの胃はキリキリと痛んだ。誰か、胃薬を持っている人? これから始まる悪夢から、現実逃避したいんだけど。


 ボクが心の中でふためいていると、一塁ランナーは足の速い選手に代えられていた。まだ十点差だ。次に打席が回って来たらどうするんだろう。……あれ、次の打席って、そのとき相手チームは何点取る計算なの?


 ツーラン、ツーラン、押し出し、満塁ホームラン。

 ボクの脳裏に、未来が見えた。十対九と一点差まで追いつかれる未来が。


 ど、どどどどうしよう。守備固めでボクらは攻撃力を落としちゃった。代打で残っているのは、ベテランのキャッチャーだけ。九回表に逆転される可能性なんて、だれ一人考えちゃいなかった。せめて代打の切り札を残しておくべきだったよぉ。


 レフトとライトに綺麗なアーチがかかり、ボクは頭を抱えた。やっぱり終盤でドラマが待っていたんだ。


 満塁で守護神とバトンタッチしたピッチャーは、最初のボールを投げる。キャッチャーの構えていたところから、大きく逸れた軌道を描く。大急ぎで肩を作ったせいか、本来の投球ができていなかった。すっぽ抜けたスライダーが、バッターの太ももに当たる。敵味方関係なく、球場から悲鳴が上がった。


 ボクは拳を作る。


 まだ負けていない。負ける訳にはいかないんだ。

 満員のスタジアムには、逃げ切りを祈るファンの姿がある。ボクは彼らのために、チームのために幸運を呼びたい。


 打球よ、スタンドに入らないで。どうか味方のグラブに収まってくれないかな。

 ボクは必至で祈る。押し出しの一点はそこまでダメージはないの。一点差に迫る満塁ホームランの方が、敵さんの闘志に火をつけちゃう。


 お願い。あとアウトカウント一つで試合終了なの。野手のみんなが鉄壁の守備で魅せてくれるはず。だから、マウンドに立つ君が怖気づく必要はないんだよ。ピッチャー、腕を大きく振って投げて!


 その刹那、ボクの目にはスタンドへ放たれた球が見えた。第六感の読み通り、満塁ホームランとなってしまうのか。固唾をのんで見守る中、向かい風が吹く。ぐんぐん伸びていた球は、センターが掴んだ。


 十対五。ゲームセットだ。

 耐えたピッチャーのもとへ、ボクらは駆け寄った。風を味方につけるなんてスゴイや。






 ボクは勝利の余韻を噛みしめていた。守護神が三人で終わらせることはできなかったけれど、勝利の女神様は最後に微笑んでくれた。

 ファンに手を振っていると、可愛らしい声が聞こえた。ボクの名を高らかに叫んでいる。


「ピヨ蔵!」


 ボクにサインを書いてもらいたいのかな。それともツーショット写真を撮りたいの? フェンス越しでもいいのなら、喜んで飛んでいくよ。ボクのふわっふわな羽があれば、遠く離れた三塁側砂かぶり席なんて余裕だもん。ハアハア。


「勝ちを届けてくれて、ありがとーーーーー!」


 小さな女の子が身に着けているのは、ボクの背番号。マスコットのユニフォームを着る、数少ないファンの子だった。試合前にサインを書いてあげた彼女は、満面の笑みで飛び跳ねている。


 ボクの目頭は熱くなった。


 また球場においで。負け試合を見せて悲しませることがあるかもしれないけど。ボクら東京ピヨピヨズの勇姿に、これからも熱い声援を送ってくれると嬉しいな。

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