第2話 恐怖の怪人・レザーマスク誕生

 そんなわけで、件のダンジョンへ踏み出す。

 やっぱり、殺し合いを想定しているだけあってスペースは広くとられている。

 見える範囲でもちょっとした体育館ほどはあるか。

 壁には何だか儀礼的な紋様が刻まれていて、アクセントのように緋色のドワーフ金属が入っている。

 戦いの余波で壁が壊れても、即時再生させる為の術式らしい。

 で。

 拠点の入口付近をウロウロ挙動不審にしていたら、待ち人が来た。

 中肉中背の男。血走った目をしたハンターエルフだ。

 裸に緑色に染めた革のエプロン、頭にはいかにもなコック帽。

 右手に包丁。左手にはごっついガントレット。

 ちなみに、ハンターエルフは種族単位で特殊な色彩感覚を有しており、着衣に必ず緑色を採用している。

 そんなわけで、ハンターエルフに成りすます機会の多いボクも、一応緑色のマントとか羽織ったりする。

【HP:684,000】

「旨そうな肉質の男だな」

 コックが、ボクをいやらしい目で見ながら、唾を飲み込んだ。

 脅しのハッタリか、ロールプレイか、本気でそういう性癖か。

 別にどれでも良い。

 ミンチにしてしまえば、誰も彼もが“同じ”だ。

「【体力】は種族限界の70……では収まらない筋肉量だな。目算で90から……ともすれば100あるのか」

 へえ。頭はそこそこキレるらしい。

 こりゃ、本当に人肉食やらかして捕まった口かもね。

 地球だろうがダンジョンだろうが、サイコキラーに生きる場所などない。

 あっ、ちなみにボクは世間的にはエルフに擬態しています。

 今、フルフェイスマスクしててわかりにくいけど、耳もちゃんと改造して、トルティーヤチップスみたいに尖らせてあるので。

「恐らく“吸血鬼ヴァンパイア化”に手を染めて投獄されたな?」

 なるほど。

 ボクと言う例外種族の存在を知らないから、常識の範囲内で穴を埋めたわけね。

 実に頭がいいよ。

 それが仇となる典型例だけどね、キミ。

 【分析】の魔法を使えば、そんなわざわざ目を凝らしてあーだこーだ言わなくても、正確な数字がわかるのにね。

 ボクは奴の言葉には一切付き合わず、左右の手に片手斧を構えた。

「重さのある武器で、種族としての膂力りょりょくの不利を補うか。ヴァンパイアと言えど、スタミナが続くかな?」

 御託はもういいよ。

「“君臨者”憑依セット。第七オーク・クランのサンドラ」

 ボクは問答無用でコックに殴りかかる。

 コックのガントレットが、花開くように変形、展開された。

 シールドと化した手甲に左の斧が防がれるけど、構わない。続け様に右の斧を叩き込む。

 これも冷静に防御された。

 構わない。

 それでもラッシュ、ラッシュ、ラッシュだ。

 さて。見た目が派手でゴツいのは可変ガントレットの方だけど……本命が包丁の方なのは見え透いている。

 やっぱりだ。奴はどさくさに紛れて包丁を突き出して来た。

 ボクはこれを大振りな動作で回避。

 物理的にはただの包丁でも、どんな“ゲーム的な追加効果”が設定されているかわかったものではない。

 そして間髪いれずに左右の斧をまた振り乱す。

 正直、素人のボクが振るうそれなんて、稚拙も良いところだろう。

 太鼓のマスターがごとく、一心不乱に左右の斧でラッシュ、ラッシュ。

 さて。

 コックの顔色が変わった。

 おかしい。あり得ない持久力だ。

 どうせ、そう思ってるのだろう。

 オークやドワーフでも、疲労困憊で腕が鈍っているべき運動量だ。

 でも、大丈夫。

 もう一合……どころか、何合でも遊べるドン!

 体力:200の世界は、素晴らしく快適だよ。

 肉体や生命力が強靭になるだけでなく、どれだけ無茶な動きをしても全く疲れないのだから。

 フルマラソンをほとんど全力疾走で駆け抜ける事も出来るのではないか。

 それはすなわち、防御のみではなく、手数の倍増を意味する。【体力】の倍増とは、攻撃と敏捷性にも多大な恩恵をもたらすと言うことだ。

 で、コックはたまらずスウェー。ボクの斧を躱しつつ、ガントレットを更に変形させる。大振りなハサミのようだ。

 悪手だね。理屈っぽい事ばかり考えてるから、こう言うイレギュラーで慌てる事になる。

 ボクはドッキング斧の延長グリップを腰から外すと、両端にそれぞれ斧を装着。

 たちまち両刃の大型戦斧と化したそれを、横薙ぎに振りかざす。

 打撃の重みウェイトが違う。

 コックの、大ハサミによる刺突を力任せに弾きついでに奴の横っ面を右から叩きのめした。

 くるりと、回って、反対側の斧頭を旋回させ、奴の左頬もぶん殴る。

 まるで往復ビンタだな!

 意外としぶとい。

 顔面はもう見れた有り様ではないが、グロッキーながらも地に足がついている。

ゲイボーイ★山田テ ポイ ア マタル!」

 某ホラーゲームの村民よろしく、斧を縦一文字に叩き込んでやると、コックは床に突っ伏して動かなくなった。


 さて、お待ちかねの戦利品タイムーー《かえせ……》

 ウキウキなボクの思考に水を差す何者か。

 チェーンソーから。

《ワタシのカラダ……かえせぇぇぇ!》

 邪聖剣に取り込んだオークの女王・サンドラが、浅ましくも、ボクの魂(?)を引きずり込もうとしてきた。

 ボクは慌てて、チェーンソーから意識を引き剥がした。

 君臨者の憑依には、このリスクがある。

 油断すると、恐らく身体を奪われる。

 奪われたらどうなるのかは……わからないが、立場が入れ替わるか、お互いに発狂して共倒れの線が有力だろう。

 コロッセオ王者のワーキャット、【反応力】のフョードルのほうは、まだ大人しい方なんだけど、こちらのサンドラはかなり活きがいい。

 ワーキャット最賢とオーク最底辺のアホの子という【知力】の差か、フョードルの方は肉体を失ってから時間が経ちすぎて精神が憔悴しているのか。

 どちらでも良い。

 いずれ、対策は練らなければならないだろう。

 所詮は魂とやら“ヒトの精神”であるから、能力だけを保持したまま壊してしまえる方法があれば、ベストではあろう。


 さて、改めまして、戦利品ターイム。

 既に死体は消えていて、残されたのは奴の持ち物だけ。

 早くしないと、これらも消えちゃうよ。サンドラマジ空気読め。

 さてさて。

 いの一番に、革エプロンを取る。

 拠点で上級プレイヤーのHPを見た感じ、とりあえず500,000あれば最上階を攻略するには足るようだ。

 HPが多い事に越したことはないから900,000台を目指したくはなるけど、HPの補正が高い装備ほど滑稽な見た目にするためか、薄着になってしまうケースが多いようで。

 “現実的な”装甲性能だったり機動性も維持したいのであれば、ある程度HPは妥協しなければいけないみたいだ。

 てことで、ボクもどちらかと言えば軽量級選手だし、この革エプロンがあれば充分やっていけそうだ。

 コーデ的に、皮マスクとチェーンソーとの相性もバッチリだし。

【レイ HP:652,000】

 うんうん、良い感じだ。

 コック帽の方は中身ごと両断しちゃったし、今のレザーマスク以外には考えられないので、いらないや。

 あとは武器だけど……。

 今更だけど、この世界には“ウインドウ”なる非実体の仮想情報端末が使われていて、スマホと遜色のない情報管理が可能となっている。

 で、このダンジョンでは、各アイテムのヘルプメッセージも見れるすぐれものだったりする。

 さて、そんなわけで、注目の鑑定結果は?

自己完結の三竦みワンサイドゲーム:拳・ハサミ・シールドの三形態に可変のガントレット。じゃんけんをモチーフとしている】

 この世界にもあったんだ。じゃんけん。

 そして、包丁の方だ。

【ほうちょう:調理用刃物。1%の確率でヒトを即死させる】

 あっぶねぇ!

 やっぱり、やばい効果が付与されてたよ。

 斬られたら1%の確率で、HPを全部持ってかれるやつだろ、どうせ。

 1%と言うと低く見えるけど、リアルタイムで振り回す分にはかなりの高確率だよ……。

 

 そんなわけで、ボクは手始めに“最上階到達レベル”となっておいた。

 あとは、順々に各階を攻略していくだけ……だが。

 ……ここから先、ソロプレイのままってのは、相当きついだろうね。

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