君が食べている肉は本当は何肉ですか?

 三〇一号室にアレンが加わった次の日、塔矢は正午近くまで寝ていた。


 起きた塔矢は目覚まし時計を見て言う。

「マジかよ、もうこんな時間かよ」


 そして、気だるそうに背中をかきながら、リビングルームへ出た塔矢は驚きながら言う。

「マジかよ、こんなに変わるのか」


 塔矢が言っているのは、昨夜、風呂に入って身綺麗になったアレンのことだった。


 昨日までの小汚いガキというイメージが嘘のよう。

 今日のアレンは、サラサラの金髪に碧眼と服以外は、どこぞのお坊っちゃまのようだ。


「詐欺じゃん」

 見違えるように良くなったアレンの容姿に塔矢は呟く。


「あ? 俺はこの顔嫌いなんだよ、女みてーじゃん」

 アレンは嫌そうに自分の顔を評価する。


「女みたいって……」

 塔矢はまじまじとアレンの顔を見る。

 スッと通った鼻筋に薄い唇。顔のパーツも整っているが、何より肌がきれいだ。透明感が違う。


 塔矢はアレンに聞こえないようクロエの耳元で聞く。

「あれって化粧でもしてんのか?」


 クロエはアレンを見ながら話す。

「いえ、素がああいう顔みたいです、私がやったのは体と髪を洗って、伸び放題だった髪と少し眉毛を整えたくらいです」


「すごいな、そこらのジュニアモデルなんて目じゃない、将来が怖いくらいのイケメンだな」


「そうですね」

 クロエはしみじみと同意した。



「たまには下の食堂で飯を食うか」

 塔矢がそう言ったので、三人はハーピーの羽休み亭の食堂で昼食をとることにした。


 塔矢はクロエとアレンを先に食堂へ行かせて、席を確保した。


 そして、塔矢は女将に声をかける。

「今から飯を頼めるか?」


「珍しいね、いつもは客室のキッチンで自炊しているのに……用意するのは二人前でいいかい?」


「いや三人分、頼む」


「三人?」

 女将は不思議そうな顔をした後、食堂をのぞく。


 そこにはクロエに加え、アレンもいた。

「昨日の子どもじゃないか、一緒に住むことになったんだね」


「ああ、成り行きでな」


「それにしてもずいぶんときれいになったね、昨日は小汚い子どもだったのに……まあ、うちほど格式高い宿となると、最低限の身だしなみを整えるのは当然さね」


「それは冗談か?」


 塔矢が疑問を言うと女将が怒鳴る。

「冗談なもんか! アンタこそ、あの子を見習いな、昨日はボロボロの格好で帰ってきよってからに。夜中だったからお化けかとビックリしたよ! ……それに聞いたよ、殺戮の魔術師を殺したそうじゃないか、あんまりあの子を心配させんじゃないよ!」


 あの子とは誰のことだろうか、そう思った塔矢は女将の視線を追う。


 そこにいたのは、奴隷のクロエだった。


「クロエは俺の心配をしないだろ」


「そんなことはないよ、奴隷のあの子にとっては、今はアンタが居場所だからね! アンタが死んで路頭に迷うのはあの子だよ!」


「女将さん、クロエさんと仲が良かったのか?」


「ああ、そうさ! アンタがいなくて暇そうに留守番しているから、たまに仕事を手伝わせているのさ、なあに、ちゃんとお駄賃はあげているから安心しな! ……言っておくけど、働いて稼いだのはあの子だからね、金を巻き上げるなんて、みみっちい真似をすんじゃないよ!」


 塔矢は呆れた。

「いや、しないけどさ……普通、所有者の俺に無断でそんなことさせるか?」


「うるさいね! あの子を暇にさせるアンタが悪いんだろ! ……アンタ、結婚なんてすんじゃないよ! 絶対に家庭を蔑ろにするから」


「失礼だな、そんなことないだろ……いや、そうでもないか」

 塔矢は、周囲の心配の声を無視して、一人で犯罪国家ベルムハイデに来ていることを思い出した。


 塔矢は話題を変えることにした。

「そういえば、昨日のアレンの宿泊料も払わないとな」


「昨日のはオマケしといてあげるよ、でも今日からはしっかり三人分を払いな」



 食堂のテーブルに座る塔矢たち、机の上には【ハーピーの羽休み亭】の名物、鳥料理が並んでいる。


 利き腕が折れているアレンは難しそうに左手で食事をしている。


 それに気がついた塔矢は、クロエに言う。

「クロエ、アレンの食事を手伝ってあげろ」


「かしこまりました」


「やめてよ、一人で食事くらいできるから」

 アレンは嫌がるが、クロエは、あーん、と鳥の唐揚げをアレンの口に突っ込んだ。


…………。

 食べ終わった塔矢は、紙ナプキンで口元を拭いて言う。

「ハーピーの羽休み亭の名物料理は鳥の唐揚げ。隣の宿屋、オークのケツの名物料理は豚カツ。少し離れた場所にある宿屋【ミノタウロスの欲望ホテル】はローストビーフが美味しいそうだ」


 アレンは不思議そうに聞く。

「何が言いたいんだよ?」


「……そして、ここを含めた三つの宿屋の食堂は、よく奴隷ショップ、エデンの店長、カスパーが来るらしい」


「え?」

 それを聞いてクロエは、口に入れようとしていた鳥の唐揚げを落とす。


 この前まで、エデンで売られていたハーフエルフの奴隷は、店長のカスパーが亜人の肉を食べるのが趣味だと知っていた。


 そしてハーピーは女面鳥身の亜人、オークは豚のような鼻をした亜人、ミノタウロスは牛の頭をした亜人だ。


 塔矢は机の端にあるメニュー表を手に取る。

「さっき気がついたんだが、このメニューに書かれている『おすすめ鳥肉料理』というフレーズ、なんで鶏肉ではなく鳥肉なんだろうな……」


 アレンは気にならないようだが、塔矢とクロエの間に嫌な沈黙が流れる。


 ハーフエルフということは、クロエにはエルフというハーピーなどと同じ亜人の血が流れていることになる。


 ハーピーの羽休み亭の鳥肉料理、オークのケツの豚肉料理、ミノタウロスの欲望ホテルの牛肉料理。


 嫌な想像が膨らむ。


「そういえば、私たちは三階の三〇一号室に宿泊しているので気にしていませんでしたが、一階に宿泊している人の中には、夜中に地下から断末魔のような悲鳴を聞くことがあるそうです」

 クロエは顔を青くしながら話した。


「……私、お花を摘みに行ってきます」

 気持ち悪そうな顔をしたクロエは立ち上がり、化粧室へ急いだ。


「俺は美味ければなんでもいいと思うけど……」

 生粋のベルムハイデ育ちのアレン的には、亜人の肉を食べることはアリらしい。


 塔矢はトイレへ駆け込むクロエを眺めながら呟く

「……あくまで推測だったんだが、もしかして俺はいらないことを言った?」

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