オークのケツとハーピーの羽休め亭

 宿屋を探している塔矢は【オークのケツ】という看板を見上げた。


「これは……ないな」


 オークのケツで寝泊まりしたい人がこの世にいるだろうか? 少なくとも塔矢は違うため、思わず呟いた。


「……はい、ないです」

 意外にもハーフエルフの奴隷は塔矢に相槌をした。


 塔矢はハーフエルフの奴隷へ振り返り言う。

「……だよな」


 そして、隣の宿屋を見た。

 看板には【ハーピーの羽休み亭】と書かれている。

 オークのケツより幾分か小綺麗な宿に見える。


「こっちにするか」


「そうしましょう」

 ハーフエルフの奴隷は同意した。


 二人はハーピーの羽休み亭に入る。


 塔矢は宿屋の受付にいる女将に声をかける。


「部屋、空いてるか?」


 塔矢の声に女将は顔を上げる。

 頬がこけた熟女だった。


「空いてるよ」

 女将はガラガラのだみ声だ。


「一番大きい部屋を見せてもらってもいいか?」


 塔矢の確認に女将は答える。

「いいよ、ついてきな」


 歩き始めた女将に塔矢とハーフエルフはついて行った。


 ハーピーの羽休み亭で一番大きい部屋、三〇一号室は独立したリビングルームと大きなベッドが一つある寝室、トイレとお風呂、キッチン、洗濯機もあり、もはや客室というよりアパートの居室のような生活感だ。


 しかし、なんだろう生活感がある割にどことなく派手なような……。宿屋の個室だからか? いや、間取りは別として、この内装や家具はまるで……。


 塔矢は考えるのをやめた。


 塔矢は女将に言う。

「なんかあれだな、アパートの部屋みたいだ」


「元々、アパートだったのを改装して宿屋にしたからね……それよりどうする? 一泊一人四〇〇〇ゾーラ、奴隷は二〇〇〇ゾーラだけど、この部屋でいいかい?」


「ああ、この部屋にするよ。それにしても部屋のグレードの割に安いな」


 塔矢の疑念に女将は答える。


「ベルムハイデの物価的には、妥当な値段だよ。何泊するかい?」


「とりあえず、二泊分だけ払ってもいいか? 延長するなら、その都度、払うから……」


「ああ、それでいいよ。……何日分も一気に払っても、次の日、宿が破壊されていた……なんてことが起こるのがムネーナ街だからね」


 女将の了承をとった塔矢はスマホを取り出し、個人証明アカウントの決済機能で、支払いを済ませた。


 三〇一号室の客室から出る女将が最後に言う。

「部屋の掃除が必要なら部屋のドアに札を掛けな! 飯も同じだよ」


 バタンとドアが閉まった。


 三〇一号室に残ったのは塔矢とハーフエルフの女だけだ。


 塔矢はキッチンを指差して言った。

「とりあえず、コーヒーでも淹れてくれないか?」


「かしこまりました」


…………。

 塔矢はリビングルームの椅子に座り『効率的な奴隷の使い方』を読んでいる。


 机には空になったコーヒーカップがあった。


 塔矢はパタンと本を閉じ、眉間を揉みほぐす。

 長時間、本を読んで疲れたからだ。


 塔矢は机を挟んだ向かいに座るハーフエルフに話しかける。


「今更だが、アンタ名前は?」


 長い黒髪のハーフエルフは答える。。

「クロエです」


「そうか……クロエさん、ファミリーネームは?」


「ありません」

 ハッキリとした声でクロエは言った。


「……そうか、それではクロエさん、俺はお前を奴隷として買ったわけだが……今日からお前には俺とこの客室で暮らしてもらう。その上で、クロエさんにはルールを与える、いいな?」


「私はご主人様の奴隷です。お好きになさってください」


 塔矢は『効率的な奴隷の使い方』を机に置く。


 この本を参考にして、塔矢はクロエとどう接するかを決めた。


「クロエさんのことはこの本の通りに扱うから……」

 そのように塔矢は前置きをした。


「クロエさんに俺は必要以上に優しくしない。……宿はこの一部屋だけ、お前のためにわざわざもう一部屋分の金は払わない。……ベッドはデカいのが一つだけか……二人寝れそうだけど、一人で静かに寝たいからベッドは俺が使う。クロエさんはソファーでもなんでも自由に使え、質も良さそうだから問題ないだろ。……食事は与えるが一緒に食べないでくれ、一人で静かに食事をしたい。だが、食事中、突っ立っているクロエさんが視界に入ると食事に集中できないからな……できればリビングルームの外で時間を潰してくれ。……人間扱いはしないが奴隷として最低限の生活は保障する。だからクロエさんを殴ったり蹴ったりして悦に浸る……なんて趣味の悪いことはしない。……俺の後でよければ、シャワーでも風呂でも使っていい……いや、清潔感は保ってほしいから使え。……着替えは見えない所でしてくれ、目が汚れるは言い過ぎだとしても、なんか穏やかで心地よい日常にいきなり女の裸が視界に入ると疲れる。……それとクロエさんにセックスの相手は頼まない……自分で買った自分の奴隷とセックスするのは、ダッチワイフやセクサロイドで自己処理している気分になりそう、絶対に情けない気持ちになる」


 独特の価値観により、デリカシーがない話をサラッとする男子高校生の周防塔矢。


 彼の話を聞いて奴隷のクロエは絶句する。


 そんな彼女を無視して塔矢は話を続ける。

「話をまとめると、ペットのように愛情を込めて可愛がりはしないが、わざわざ壊すような乱暴なことはしない、それがクロエさんに対する俺のスタンスだ。……それとクロエさんの忠誠は必要ない、道具に求めるものではないから……仕事さえ満足にこなしてくれたらそれでいい」


 長い話をペラペラと喋った塔矢にクロエは固まっていたが、なんとか再起動した。


「かしこまりました」


 そう言って頭を下げるクロエに塔矢は微笑む。


「では、そういうことで、これからよろしく」

 塔矢は右手を差し出し、クロエに握手を求めた。……人間扱いしないと言ったばかりだというのに、さっそく彼は矛盾していた。


 クロエは塔矢の握手に応えながら内心で思う。

――とてもデリカシーがないですが、奴隷にしては悪くない環境で安心しました。


 奴隷を買うような倫理観の欠如した人間に遣える不安は、大分ほぐれていた。


 そのように安堵するクロエへ塔矢は笑いながら話す。

「最後に一つ、ハーフエルフのクロエさんは、そのうち大学の研究室へ連れて行くから。……人体実験をしようってわけではないから安心してくれ……嘘じゃない、本当だ」


 ブラックなジョークだろうか?

 クロエは思わず握手している手を引いた。


 塔矢が弁明するほど、彼の怪しさは増していった。

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