ハーフエルフのクロエ

 前金に三〇万ゾーラを支払った塔矢は、カスパーの案内で、さらに奥の部屋へ行く。


 奥の部屋へ向かう途中、カスパーが卑しい声で話す。

「それにしても周防様、奴隷の容姿にこだわらないと言っていましたが、エルフの奴隷が欲しいなんてなかなかのルッキズムですね……エルフといえば見目麗しいものばかりですから……やっぱり女のエルフをお求めで?」


「いや、女か男かはどうでもいい……まあ、ある意味、カラダ目当てではあるけどな」


 塔矢の返答にカスパーは笑う。

「へへへ、いい趣味してますね。……しかし、エルフ以外の奴隷にも目を向けたらどうですか?」


「興味ないな」

 塔矢はそっけなく言った。


「ハハハ、もったいない。……周防様はオークやミノタウロスの肉を食べたことがありますか?」


「いやない」


「オークやミノタウロスの肉は、ただの豚肉牛肉ではありません……人と同じ言葉を喋る知的生命体の肉を食すという禁忌……肉を加工した時の泣き叫ぶ声、噛み締めるたびに肉の魂が悲鳴を上げる。……脳をすすると知能が上がり、心臓をかじると命が延びる、睾丸を呑み込むと精力的になる。……もちろん、それらは錯覚ですが、知能あるものを食べた時に味わう背徳感は、どんな快楽よりも気持ちがいい」


 カスパーが楽しそうに語るが、塔矢はくだらないと思った。

「興味ないな」


「それは残念です。……消耗品としての奴隷の楽しみ方も知って欲しかったのですが……」


 カスパーの趣味の悪い話を聞いているうちに、目的の部屋に到着する。

 奥の部屋にいたのは、亜人の奴隷たちだった。


 リザードマンにオーク、ミノタウロス、獣人、ドワーフ、鬼、ハーピーなど、分かりやすく異形の奴隷も多い中、それでも際立った存在感を放つ美しい黒髪のエルフらしき女の奴隷がいた。


 耳が尖っている以外に人間と容姿に違いはない。……しかし、人間離れしたその美貌は、まさに魔性で、人ではなく亜人なのだと明確に塔矢へ理解させた。


 塔矢は、そのエルフらしき奴隷の檻の前まで近づく。


「ん?」

 奴隷が顔を上げる。


 無感情、無表情というわけではない、しかし物静かな印象を与える女だった。


 塔矢は檻の中の奴隷へ手を伸ばす。


「あ! お触り厳禁ですよ!」

 カスパーは慌てて塔矢へ声をかけた。


 しかし塔矢はカスパーを無視して、奴隷の艶のある黒い髪をかき上げた。


 エルフの特徴である長く尖った耳がよく見える。


「これが本物のエルフか……」

 塔矢は感慨深そうにつぶやいた。


「違います、私は純血のエルフではなくハーフエルフです」


 塔矢に髪を触られたハーフエルフは、物静かそうな雰囲気とは裏腹にハッキリとした声で言った。


 そして、ハーフエルフの話を聞いた塔矢は思う。

――純血でなくても関係ない、むしろ人とエルフのダブルの方が都合がいいかもしれない。


 塔矢の口元が弧を描いた。


「周防様! ご購入前の商品に手を出されては困ります!」


 カスパーの注意を聞いた塔矢は、檻の中から手を引っ込めた。


 かき上げていたハーフエルフの黒い髪が落ちる。

 奴隷なのに手入れが行き届いたサラサラとした髪だ。


 塔矢は檻から視線を外し、背後のカスパーへ振り向いた。

「固いことを言うなよカスパーさん、もうこのハーフエルフは俺のものみたいなもんだろ。……だって、このハーフエルフがどれだけ無能だったとしても俺が絶対に買うからな」


 塔矢はスマホを取り出し、個人証明アカウントにアクセスした。

「いくらだ?」


 塔矢の質問にカスパーは答える。

「三〇〇万ゾーラです」

 そう言って彼もスマホを取り出し、個人証明アカウントにアクセスする。


「高いな……まあ、ヒト一人の値段だと思うと安いか……」


 そう言いながら、塔矢は自身のスマホとカスパーのスマホを接触させ、個人証明アカウントの決済機能を使用する。


『個人証明アカウントによる、お支払いが完了しました』

 塔矢のスマホから電子音声が響いた。


 それから、カスパーはスマホを操作し、三〇〇万ゾーラが無事に振り込まれたことを確認した。

「お買い上げありがとうございます。それとそのアーティファクトの首輪はサービスしますよ」


「アーティファクト?」


 塔矢の疑問にカスパーは答える。

「知りませんか? アーティファクトはレガリアを参考にして作られた科学では説明がつかない効果を持つ道具です。……まあ、世界に四つしかないレガリアを元に作られた道具ですからアーティファクト自体もそれなりに貴重です。知らないのも無理はない」


 世界に四つしかないレガリアの一つ、覇王のレガリアを持つ男は言う。

「へー、それは知りませんでした」


「その首輪があればそのハーフエルフは周防様に逆らえません。というより逆らうと首輪が彼女の首を絞め殺します」



 その後、塔矢はハーフエルフの奴隷を連れてムネーナ街を歩いた。


 うっすらと、しかし、こびりつくように漂う死臭が絶えない街で、塔矢は宿を探す。


 そして、塔矢の後ろにいる手錠と首輪をつけたハーフエルフは従順だ。

 文句も言わず塔矢について行く。


 歩く塔矢の視界に奴隷ショップのエデンを紹介した奴隷商人のダンがいた。


 ダンは塔矢が買わなかった男の子の奴隷を殴ったり蹴ったりしている。


「なんで、客に愛想よくできないんや! 今日も売れ残りやがって!」


 男の子の奴隷は、文句を言いながら暴力を振るうダンを睨みつける。


「そういう目をやめろと言ってるんや!」

 ダンは再び、男の子の奴隷を殴った。


 塔矢はその光景から視線を外した。


 ここには奴隷を売る露店以外にも店がある。

 塔矢は見窄らしい格好をした男が売っているサボテンをじっと見る。少し惹かれるものがあった。


「店主、このサボテンを一つ」

 塔矢は購入を決めた。


 しかし、塔矢がサボテンを買っている背後で、ハーフエルフの奴隷は殴られる男の子の奴隷をじっと見ていた。

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