年一のめちゃくちゃ冴える数時間

尾八原ジュージ

年一のめちゃくちゃ冴える数時間

「先生、オレんちの方じゃそういうときは『よみごさん』に相談するんじゃ。なんていうの? 霊能者みたいなひと」

 授業のコマの間の休み時間、塾生のひとりがそう言った。先生、近頃イヤなことばっかりでね〜と世間話半分、愚痴半分でこぼしたときのことだ。

 勉強が得意な彼は、週に三回、バスに片道四十分も揺られて、私が講師を務めるこの学習塾にやってくる。近隣にレベルの合うところがないのだそうだ。そんな頭のいい子が突然、霊能者が云々と言い始めたことに、私は少なからず驚いた。

「オレんちの方じゃ、当たり前みたいに色々相談したりするよ。目が見えない人がなるんじゃけど、占いとか厄払いとか、そういうことをやる人じゃね」

「へぇー」

 霊感だの占いだのを信じているわけではないが、だからと言って特定の地域で信仰されているものを、その土地の人の前で否定するのはよくないことだ。だから当たり障りのない返事を返したのだが、

「先生、信じてないじゃろ」

 と、すぐにばれた。

「ていうか、オレの叔父がやっててな」

「よみごさんを?」

「そう」と生徒はうなずいた。「五年くらいどっか行ってたのが、こないだ近くに来たからってフラッとうちに来たんじゃ。まぁ叔父さんからしたら実家じゃけ。そしたらすごかった」

「へぇー。何かしてくれたの?」

「マリカー」

 肩透かしを食らった気分だった。

 なんでもその人が「今日めちゃくちゃ冴えてる」と言うので、生徒の父親が戯れにコントローラーを渡したのだという。

「で、誰も勝てんのじゃよね。全然見えんはずなのに」

「目が見えないっていっても、ちょっとは見える人と違うの? ひとくちに視覚障害者といっても色々らしいよ」

「いや、両方とも眼球摘出しとる」

「全盲なのに? それでテレビゲームやって、しかも強かったの?」

「そう……年一くらいのめちゃくちゃ冴える数時間じゃって……ボロボロに負けたわ。悔しかったから『年一の数時間、こんなことに費やしてええんか』って言ったら『ボクの甥なのに頭ええな』って笑われた」

 彼がリベンジを達成するには、また「年一のめちゃくちゃ冴える数時間」に、レーシングゲームができる場所で、普段は別の街にいる叔父さんと会わなければならない。つまり達成される可能性は低い。だから余計に悔しいのだと、彼は鼻息も荒く語った。

「……とまぁ、その叔父なら先生に紹介できるかもだけど。連絡先交換したし」

「一年に一度、マリカーめちゃくちゃ強くなる人を?」

「まぁ、そういうこと」

「先生、婚約者にお金盗られて逃げられて、飼ってた金魚が全滅して、実家が半焼して、昨日駅の階段から落ちたけど効果あるかな?」

「……ごめん。思ってたよりヘビーじゃった。マリカーの叔父さんには無理かも」


 いずれにせよ彼の生まれた町には「よみごさん」という不思議な職業の人がいて、彼らは今も活動しているらしい。

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