絵画

@andou__

0️⃣

私は小さい頃から本を読む事が好きだった。厳密に言えばあの部屋こそが私の宝箱だったのだ。


小学生の時、祖父母の家に泊まりに行くことが凪沙の夏季休暇の過ごし方であり、ある時に祖父母家二階にある「さっちゃんの部屋」と達筆で書かれたプレートが掛けてある部屋に入った事が始まりである。


午後五時を過ぎた柔らかい夕日を迎え入れるように温かい匂いを充満させていたその部屋には、分厚い本、薄い本、まだ学校で習っていない漢字を使った本、英語やよく分からない字が背表紙に書かれている本など大きさも様々な本がまるでそこが居場所だと初めから決められているように整然と並び、内気でひとり遊びをよくしていた彼女の好奇心をくすぐるには十分な部屋だった。


そしてその日から祖父母の目を盗んでは昼夜問わず「さっちゃんの部屋」部屋に篭もり、一階リビング横の和室にある文机の中にある使い古されたポケットサイズの辞書を持ち込んで分からない単語を一つ一つ調べながら読み進めるのが密かな楽しみになった。


何故、二人に隠れて「さっちゃんの部屋」に入り浸っていたのかは今となってはもう思い出せないが、部屋に出入りするようになってからあまり日が経たずとしてバレてしまった時にはとても悲しい気持ちになった事ははっきりと覚えている。更にいえば自分の居場所だと思い込んでいただけあって怒りを含んだ悲しみだったと言う事も。


無論その部屋は「さっちゃん」である祖母の部屋でありそう思うこと自体がお門違いなのだが、どうしようも無く悲しかったのだ。


慈愛に満ちたお日様のような眼差しで祖母は、

「なぎちゃんは本が好きなのね」

そう言いながら私の横に積まれた何冊かの本を一瞥して、「こんなに沢山読んだの?」と問いかけてきた。


私は控えめに頷きながら、うん、と応える。

私の返事に祖母はにっこりと笑顔を浮かべて、もうすぐご飯だから一緒にリビングに行こうと言いその後にここは電球が切れてるから和室で読まない?とも提案してきた。


確かにここは日差しが入りにくく日中ですら薄ら暗い。けれど私はこの部屋に小さなライトを持ち込んで一人の世界に入り込める所が好きだった。素直にそれを口にしようとした時、お母さんが勉強は明るい所でしなさいと言っていたのを思い出して気持ちを押し込みながらも従うべきだと思い、わかったと応えた。


リビングで私が難しそうなニュースを流し見している間に祖母はテキパキとテーブルにおかずや凪沙の分だけ少しごはんを多く盛った茶碗などを並べていく。夜ご飯は凪沙の好きなハンバーグだった。


祖母に見つかったあの日から殆どはクーラーの効いた和室や、夕暮れの涼しい時間に線香を焚いてもらいたがら縁側で気持ち程度の風に前髪を揺らして本を読んだが、やっぱり何度かは辞書とライトを持ち込み「さっちゃん」 の部屋で一人の世界に浸った。

そんな風にして幾度もの夏季休暇を過ごし、歳を重ね、凪沙は高校二年生になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絵画 @andou__

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ