第24話 リリィは遠い人になったよ

(エレン視点)


 最後にチラリと見えたリリィの意識はなかった。

 エレンに負ぶられていた顔はとても苦しそうだった。

 もしかするとあのまま死んだかもしれない。

 エレンが何か言っていたが、それも良く聞こえていなくて、ドラゴンを倒してから足跡を追いかけた。

 そこには光る泉があったが、不思議な事に透明な壁があって入る事が出来なかった。


 屋敷に戻るとルルゥルアが居た。

 状況を説明すると、泣き崩れてしまった。

 俺だって婚約者がこんな事になって、泣きたいくらいだ。

 俺が、泣く……?

 悲しい感情なんて何時ぶりだろうか。


「追いかけてくれたんだね、ありがとう」

「俺は何もできていない」

「そのボロボロの服を見れば、大変だった事、分かるよ」


 ルルゥルアは俺を責めなかった。

 それ処か、俺をなだめようとする。

 そこでようやく涙が零れた。

 二人で抱き合って泣き続ける。

 無様だ、本当に無様だ。

 それ程までに俺は、リリィに期待していたのだろう。


 俺達は気が済むまで泣き続け。

 そのまま寝てしまった。

 起きるとベッドの上で、屋敷は静かになっている。

 いや、一部屋だけ、そうではなかった。


 リリィの両親の部屋だ。

 俺は悪いとは思いつつ、聞き耳を立ててしまう。

 その会話は、リリィが死ぬことは覚悟していた事だという。

 それでもせめて遺体は見たかった。死に際に付き添いたかったと言う。

 さらにリリィにはもっと良い人生を送らせる事が出来なかったかと、自身を責めている。


 これが親の愛か。

 俺が死んでも父上は悲しんでくれるだろうか。

 母上は……喜ぶだろうな。実の母ではないのだから。

 兄上達やフィーナ(同い年の第五王女)も喜ぶだろう。

 なんだ、俺は本当に孤独だな。

 兄上の言葉を借りるなら「王族なんてそんなものだ、王族の絆なんて碌な物ではない」だそうだ。

 それが今になって良くわかった。

 リリィの絆に比べれるとなんて無価値な物だろうか。


「そんなに悲しい顔、見てられないわ」

「お前は誰だ?」


 不意に声を掛けられ、少し尖った返答をしてしまった。

 月に照らされた年下の女子に叱咤でもされたのだろうか。


「私はレニーノ・ベルクハウゼン、ベルクハウゼン伯爵の娘よ」

「そうか、僕に用か」

「憧れの王子様が、こんなに落ち込んでるのを見てられないだけよ。お節介だけどリリィを失った気持ちは私だって……私だって……」

「お、おい」


 突然、ボロボロと泣き出すレニーノに動揺してしまう。

 女子をなだめるってどうすればいいのだ?


「うう、もう泣かないって決めてたのに、涙が勝手に出てくるの」

「やめろ、俺まで悲しくなってくるじゃないか」


 大泣きするレニーノに、リリィの両親が気づいて出てくる。

 そこに、ルルゥルアも駆けつけて来る。

 レニーノが居なくなって探していたらしい。

 使用人も騒動に気付いてやって来る。

 部屋に招き入れられ、暖かいミルクティーが手渡された。

 持ってるだけでも心が温かくなるのを感じた。


 暫くして完全に落ち着いた。

 その時、ふと、弟の事を思い出した。

 そうだ、アレクも居なくなっている。

 誰も話題に出さないあたり不憫ではあるが、アレクが付いている以上、まだ生きている可能性がある。

 そう思いたい。

 そうだ、生きているのなら……。


「ファーネスト伯、リリィはまだ死んだとは限りません。姿を消しただけです」

「そう思うか、エレンラント殿下、ありがとう」

「俺はリリィの婚約者のままで居たいと思いますが、許して頂けるでしょうか」

「それほどまでに、娘の事を……」


 この場に、一筋の希望が灯った気がした。

 世界がリリィの死を肯定しても、俺が否定する。

 みんなが俺の言葉に、希望を持ったのか少し和やかな雰囲気に包まれてた。


 ◇ ◇ ◇


 その後、父上に状況を報告すると意外な答えが返ってくる。


「それは、生きている可能性が高い。光る泉と言ったのは恐らく精霊界への入口であろう、魔力が高い者にしか見えないのだ」


 それから、精霊界の説明が続いた。

 恐らくリリィは精霊界で回復に努めている事、時間の流れが異なり年単位で待つ必要があるだろうという事。選ばれた者だけが入れるという事、そして、出て来ても殆ど当時のままの姿であると説明された。


「では、その事を公表し──」

「いや、精霊界の事は公にしてはならぬ。二人は行方不明とし、定期的に捜索している事にせよ」


 父上はどうしてこれほどまでに、精霊界に詳しいのか確認すると、王家代々の秘密だという。

 精霊界に興味を惹かれるが、行けないのではどうしようもない。

 話では選ばれし者だけが入れるらしい。


 ではその間に何をするか。

 当然、誘拐犯の特定、そして罪を償わせる。

 調査は苦手だがグラフファーと一緒であれば、どうにかなるだろう。


 それから時は流れ、ファーネスト家は正式に侯爵となった。

 そして、想像通りロングナイト領を吸収し、家格も収益も上がった。

 それから旧ロングナイト領内では大規模な捜索が行われた。

 だが、犯人は見つからなかっていない。


 せめて、あの時、簀巻きになっていた犯人が生きていれば情報を聞きだせたのに、倒したドラゴンの下敷きとなっていた。

 脅迫状の内容からも巨大な闇組織の末端な事は明らかだ。

 リリィが戻る前に、尻尾を掴む、俺はそう決めていた。


「組織の名前くらいは分かったのか」

「ええ、『地下に潜む妖精アンダーグランドフェアリー』ですな、今、奴隷商人の尻尾を掴んだ所でございます」

「そうか、なら、襲撃しよう。誰一人として逃す事許さん」

「冒険者の方々と自警団を動員しましょう」

「ああ、人相手だと、数で押すしかないからな」


 そしてリリィ失踪からまる1年。

 大きな転機が訪れようとした日に、物語は再び動き出そうとしていた。


────────────────────────────────────

 以上で第一部完となります。


 ここまでお付き合い有難うございます。

 これからも良ければ引き続きよろしくお願いします。


 個人的には百合臭をどんどん出していきたいのですが、リリィに秘密が多すぎて距離を置いてる状態にあります。

 リリィが(表向き)動けないながら、どう物語に絡めて行くか悩みつつ作っていました。

 前日譚とされる物語に至る前に、設定の差異が結構出てしまっていて、このままでも十分にシナリオ改変出来ているのですが、それはルルゥ達は知りません。リリィは自分の事でそれ処ではなく、アレクのみが全ての情報を握っている上に、考える時間も十分与えられた状況にあります。

 それで本当に、アレクはあの世界で何をするんでしょうね。


 前日譚開始まであと一年。

 貴族の養女になろうとしたのに、何故か平民から奴隷落ちしたヒロイン。

 彼女に未来はあるのか、勘違い枠から脱出できるのか、そして本来ルートに戻れるか。

 先の見えないヒロインの活躍に、乞うご期待ください。

 (本題ズレまくりの予告でいいのか私)


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