第13話 そうだ、家出しようよ2

 出発の間際、着替えを強要された。

 外に出るなら「ちゃんとその目的に合わせた服装をしなさい」というのがお母さまの主張だった。そんな服を持っているわけがないと言うと、何処からともなく出て来たのが今着ている服だ。

 靴は履いてないかと錯覚するくらいに軽い素材で、下はショートパンツ、上は半袖のジャケットでポケットが沢山あり、既に色々な物が入っていた。

 肌は露出しないようにと黒いタイツと長袖インナーで隠している。手と顔以外は肌が出ていない。さらに肘当て、膝当てという、安全面にも考慮されていた。

 一番驚いたのは、レストシールだ。レストパンツの卒業という私にとって大きな一歩を踏み出した事が感涙を誘った。何だか人権を得れた気がする。

 そして、家紋入りのマント。これがあれば、身分を保証する物となり、何かあった時に丁重に扱われるだろうとの事だ。後は、お弁当を入れるリュック、お母さまの愛が詰まっている物だ。(シェフかもしれない)

 お母さまよ、どこまで用意周到なのですか…。


 そして、狼を倒した直後に戻る──

 冒険者に行先を訪ねると「今から帰る事になりそうだ」と返答があった。

 その程度の冒険者なら、大した事も聞けそうにないし、このまま立ち去る事を考える。


「まぁ、怖くなったのなら、仕方がないよね」

「おい、せめて、降りて話せよ、上から話しかけられると気分悪いんだよ」

「その必要性は感じないけど…?だってもう帰るんでしょ?じゃあね、さようなら」


 クマから降りて、立って話をするなんて、拷問と一緒なんだけど?

 ずっと立ってるだけって、何秒くらいできるかな、たぶん4秒くらいだよ。


「フォーグ!小さな子相手になに高圧な対応してるの!」

「名前教えてくれる?私はミレーっていうの」

「私は……リリィ」


 引き籠り令嬢の名前なんて、知らないだろうから偽る事もしなかった。

 フルネームを言う必要までは無いと思っている。


「リリィ、あんた強いんだな、何歳になるんだい?」

「レディーに年齢をきくなんて失礼だと思うけど?」

「れ、れでぃー?ぷぷぷ。もう10年経ってから言いなよ」


 イラッ!


「帰るなら用はないよ、私はもう行くから」

「まてまて!俺達の力不足は認めるが、女の子が一人で行くのは危ないぞ」

「一人じゃないよ」


 フェンリル先生がいるもの。


「もしかして、コイツか?」


 そこには干し肉にかじりついたフェンリル先生がいた。

 冒険者が食べてた物に釣られたみたい。

 食いしん坊め!


「それ、私の先生だから」

「わんわわん(ソレってなんだよ)」

「丁度休憩してたんだ、リリィも食べないか?これをお礼とさせてくれ」


 干し肉をクマの手で受け取ると、フォーグから怪訝な目をされてしまった。他の女子に制止されているので、気にせず口に入れるがどうにも噛み切れそうにない。


「モグモグモグ……堅いねコレ……」


 文句を言いながら食べていると、グイッと引っ張られる感覚と共にクマから引きずり降ろされた。仲間の隙をついてフォーグが私を引っ張ったのだ。咄嗟の受け身なんて出来る訳がなく、縮こまって頭の直撃を避けようとすると、バキッという大きな音がした。宙に浮いた私は女性の一人に抱きしめられて助かり、私をずりおしたフォーグは殴られ木にぶつかっていた。


「なにするんだよ!礼儀知らずのガキを教育しようとしただけだろ!」

「礼儀知らずはアンタでしょ!小さな子を引きずりおろして頭でも打ったらどうするのよ!」

「そんなん、自業自得だ!」

「そんなのだから、女子にもてないのよ!」

「あの、喧嘩、よくないよ」


 なんだか私のせいで仲間割れしてしまってるのが申し訳ないのと、ちょっと怖い思いをした事で、言葉が堅くなっていた。


「リリィちゃん、本当に何歳なの?ありえないくらい軽いんだけど」

「6歳ですけど…」


 先日の温泉で多少なりと肉が付いたとは言え、私の体重は軽いままだった。

 恐らく、骨密度とか関係ありそうだけど、全体的に見ればまだ痩せてる方だというのが問題なのだろう。ミレーはそんな私をみて、なにか思いついた様だった。


「……ねぇ、精霊の森に行くなら、一緒に行かない?」

「おい、ミレー、何勝手な事を」

「まぁ良いじゃないか、どのみち今日の予定は終ったんだし」

「行っていいですけど」


 そんな話をしている間に、ナナリムという女性が手際よく狼の解体を終え、肉と皮とツメを私に差し出した。


「ナナリムお疲れ様ー、ほら、受け取りなよ、ホーンウルフはリリィが倒したんだ、素材はアンタに権利がある」

「いえ、それは要らないので好きにしてください」

「その日暮らしの俺達とは違うってか、まぁくれるって言うなら有難く貰うけどよ、助けてもらった上にタダで素材を貰うってのは気が引けるんだよな」

「では、貸し一つという事で」


 暫く歩くと精霊の森にたどり着いた。精霊の森と通常の森では自生する植物が違うので分かりやすい。くっきりと境界線がわかる程の違いがある分、異世界間がある。

 ここで、長めの休憩を取ろうと言う事になった。丁度昼時という事もあり、お母さまから頂いたお弁当を頬張る。作ったのがシェフなのかお母さまなのか、どちらの料理か考えながら食べていると、こちらを皆さんが羨ましそうに見る。仕方なく、おかずを一人一品分け与えた。仕方がないよね、うちの料理美味しいから。

 さてと、ちょっとだけお菓子を食べようと取り出した瞬間、再び皆の目が一斉にこちらに向いた。特にカリム、リーダーなのに一番強い反応を示している。ちょっと怖いんだけど。


「ど、どうかしたの?」

「ちょっと甘い物に目がないんだ。その、リリィと会った時にその匂いがしたのが気になってね、いや、別に凄く良い匂いだから分けて欲しいといってるんじゃあないんだ。でも味見くらいねちょっとしたいなとか、いやいや、ほんと匂いが、その、つまり……」

「欲しかったら上げますよ」

「いいのか!?ありがとう!ずっと言うか言うまいか悩んでたんだ、匂いで動物魔物が寄ってくるかもしれないからねっ」

「はいはい」


 要は食べ切ろうという訳ですね、匂いにつられて来られると面倒なのは一理ありますから、そうしましょう。カリムは涙を流しながら食べていました、貴族菓子だと言いながら、あまりにも美味しそうに食べるのでついつい大目に与えていると、あっという間に3日分のお菓子が無くなっています。私基準の3日分なので元々多くはないのですよ。

 良い頃合いなので、気になった事を確認した。


「そうだ、そちらの領主様の噂とか聞かせてもらえないですか?精霊の森を開拓してるって聞いたのですが」


 ロングナイト家の動きに関する生の声が聴けるなら、それはそれで興味がある。

 冒険者は冒険者ギルドに所属する為、ここから一番近いロングナイト領のギルドを拠点にしているだろうから、知っている可能性が高い。

 意外にもその答えはフォーグとが持っていた。

 仕方がないので私に対する態度が悪いのは、大目に見て上げましょう。

 だが、その話は少し私を焦らせる内容となっていた。


「たしか開拓事業は長男が引き継いで、自ら出向いて指揮を執っているらしいぞ」

「え!?ロングナイト侯はどうしたのですか??」

「最近は噂を聞かないんだ。以前なら週に一度くらい奴隷市場に顔を出してたのによ」

「それでは、奴隷市場の経営は?」

「それは次男が仕切っているな、アンタ、内情知ってどうするんだ?」

「それは言えません」


 警戒されちゃったかな。

 でも、これは大きな問題になる、ロングナイト侯を失脚させるために開拓事業や奴隷市場をつつこうと思ってたのに、息子がやった事にされてしまうと、頑張っても親の監督不行き届きな感じになり、本人へのダメージが軽減してしまう。連帯責任に出来ればいいのだけれど厳しいかもしれない。もっと早くに対応すべきだったのかも。


「それにしても、開拓事業はちょっとやめて欲しいよな、このあたりの生態系まで変わっちまうのは迷惑なんだよ。最近じゃ急いでるのか人員を倍に増やしたらしいしなぁ」

「へぇ、あのケチな領主がねぇ、ウチあの領主嫌いなんだよね、特に顔が」

「そりゃ、皆そうだろ」


 それから私達は、精霊の森に侵入した。

 私は再び熊に乗ると、それを見たフォーグが自分も乗りたいと子どもみたいな我儘を言い出したが無視した。

 ミレーやメルナが私に対して気遣いをしてくれるので居心地は悪くない。

 クマで全力疾走すればすぐに奥地まで着くのに、ゆっくり歩いているのは着いたところで暇だからだ。

 最初は早く行こうと思っていたが、休憩している内に自分が家出した事を思い出し、急ぐ必要がない事に気づいた。


 のんびりと森を歩くと、木々の間が少し輝いて見える。

 その輝きは風にのってふわふわと漂っている。

 これはきっと異世界大自然ならではの現象なのだと思った。

 次第に小型の動物、小鳥が姿を現しては去っていくのを何回か目にした。

 空気も美味しいし、もうちょっと開けていれば景色も良くなる。

 こんなふうに感じる事を奇跡の様に思えていた。


 実のところ、前世では自分が何の病気か知らされず、入退院を繰り返し、大半は家で大人しくする生活だった。今ほど歩けないという事はなかったが、人並みに歩けるわけでもなかった。だからこそ、転生した瞬間は嬉しかった。次の人生が始まった事に感謝した。父は飲んだくれたDV野郎で、母は精神を病んでしまった。姉だけが私の唯一の心の支えだったけど、状況に耐えれず家を出てしまった。その為、転生した時は、あんなつまらない人生がようやく終わったんだという解放感があった。ただ、転生前よりも不自由な生活となっていて、かなりショックを受けていた。しかもオムツ履かされるし。

 でも、ルルゥと一緒なのは嬉しい。一緒に居るだけで転生した甲斐があと思えた。人生に目標があるというだけ、生きている事を感じる。

 早死にする事はもう慣れたのか、そんなに怖くはない。それに今はクマを操って外出できる。その点で前世よりも恵まれているのだから、先生には感謝ですね。


 私の腕の中でうたた寝している先生をそっと撫でてみた。

 こんな風に動物に触れるのも転生前にはなかった事だと思いだす。

 今は凄く恵まれているね、私は。

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