第2話 仔犬を飼う事になったよ

 ここはグランウィッチと六人の王子様の世界。

 中世ヨーロッパ風な街並みにファンタジー要素を混ぜた世界感。

 王族、貴族、平民、奴隷という身分制度が存在し、騎士や聖女、冒険者、精霊界といった要素があるのに、自分が身動き取れずに死ぬかもしれないんじゃ楽しめない。

 魔道具、現代的小道具が都合よく織り込まれていて、汚い要素は概ね除外されているのが唯一の救い。

 でも、それはリリィをベッドの上に縛り付け、部屋から一歩も出れないという事に繋がっていた。

 そんな状況で、どうやったらお姉さまルルゥを救済できるのでしょうか。



 ◇ ◇ ◇



 それは、お昼前に起きた出来事だった。


「リリィ!起きたのね!もちろん信じてたわ!」


 勢いよく扉を開け、部屋に入るなり元気のいい声を発したのはルルゥ《お姉さま》だった。

 そして、その勢いは声だけでなく、全身を持って突撃し、私に抱き着いた。

 あえて言おう、前世の私はルルゥ推し!彼女を愛してやまないのだ。

 物理ダメージが入る事よりも抱き着かれている事に興奮した、そして私の頭の中で何かのスイッチが入る音がした──


 ぶしゃああああああああああああ!


 あたり一面に飛び散る鼻血。

 可愛すぎるお姉さままで真っ赤に染めてしまった。

 だって、だって無理だよ。静止画でしか見た事のないキャラが3Dで動いてるんだよ!?超高性能VR空間に飛び込んだ感じだよ!こんな体じゃなきゃ一緒に庭を駆け回り、きゃっきゃうふふ出来るんだよ!?


「「きゃああああああああああああ!」」


 慌てるメイドとお姉さまをよそに私は平然としていた。

 鼻血くらいなら前世でも度々やらかしていたのでこれ位は当たり前の光景だ。

 ただ、前世と異なるのはこの体には体力がない事。

 それはつまり、貧血で起きている事が出来なくなったという事だ。

 笑顔のまま倒れるように横になると、二人はさらに慌てふためいた。


「リリィ~、しなないでえぇぇぇ」

「お姉さま、大丈夫ですよ。ちょっと生きてる実感でつい興奮しちゃっただけだから」


 メイドはシーツの交換や、飛び散った鼻血の拭き取りと、忙しくする。

 お姉さまは頭から浴びた血を流すために、湯浴みをしてくると自室に戻った。

 しばらくして、改めて私の部屋に来たお姉さまはとても大人しい。

 扉から少し覗き込み「入っても大丈夫?」と確認してくる。

 私の「もう大丈夫」という返事を聞いて満面の笑みで私の元に近づいて来る。

 あ、訂正します『天使の笑み』だわ。

 ゲーム上では大人しいイメージだったから、最初の元気さに違和感があった。

 想像だけど、私が死んだ事で元気をなくし、大人しい令嬢と変貌を遂げてしまったのだと思う。

 それ程までに、リリィの存在がお姉さまには大きかったという事になる。


 ◇ ◇ ◇


 数日後の昼下がり。

 お姉さまは私の部屋に入るなり、宝物を見つけた時の様に輝いた目と落ち着いて居られない、何か急ぎの用があるような表情で話しかけてくる。


「ねねっ、さっき仔犬を見つけたの、大人しい子だったからリリィが大丈夫そうなら連れてくるけど、連れて来ていい?」

「仔犬?見たい見たい!嬉しい~」

「そう?じゃあ今すぐ連れてくるね!」


 そして連れて来た仔犬は少しジト目だけど、私でも抱きかかえれそうなくらいの大きさで、真っ白で綺麗な毛並みは触るととても気持ちがいい。超モフモフです。

 それは日向ぼっこをした上質のお布団のように暖かく、気持ちが良い。

 思わず顔をうずめてしまいたくなるけど、怯えられると困るのでしばらくは我慢した。

 前世でも動物を飼った事が無かったから、凄く嬉しい。


「おい」

「え?」

「お前俺の言ってる事がわかるだろ」


 犬がしゃべったあああ!?


「ねっねっ、声も可愛いでしょ、ほら、わーんわん、わわんわん、わーんわん、もっとわんわん言って~」


 お姉さまは自分にもかまってと言わんばかりに、仔犬に話しかける。

 その身振り手振りがやばい、お姉さまが可愛すぎて、また鼻血でそう。


「どうもこの子には俺の声が伝わらないで、わんわん言ってるように聞こえるみたいなんだ」


 仔犬の主張に会話で答えれないので、動揺しながら聞いていない素振りをした。


「ほ、ほんと、可愛いねぇ」

「いや、聞こえてるなら俺に返事しろよ」

「ほ、ほーら、わーんわん、わわんわん」

「お前まで犬扱いするのか!いいか?俺は犬じゃネェ、フェンリルだ。まだ子どもだが─」

「わ、わぁ、可愛いなぁ、頭なでなで~」


 少し乱暴気味に仔犬の頭を両手で撫でると大人しくなった。

 まぁ待ってなさいな、二人っきりになったら落ち着いて話しましょう。

 私は甘えた声でお願いする事にした。


「お姉さま、今なんだか、すごーく甘いものが食べたい気持ちなのですが」

「甘いものね!いいわ、待ってなさい」


 思った通りにお姉さまはメイドと共に部屋を出て行った。

 いともあっさり二人きりになる事ができたので、仔犬に話しかける。


「もう…、他の人が居る時に、仔犬と対話できる訳がないでしょ、気づいてよ」

「犬じゃネェって言ってるだろ!いや、それは悪かったよ、それで俺が犬じゃなくフェンリルだってあの子に説明してくれネェかなぁ?」

「飼われるのが嫌だったりする?」

「それはいいんだ、ここは住み心地が良さそうだからな、だが犬と呼ばれるのは我慢ならネェんだ」

「ふぅん、じゃあいいよ。ちゃんと様にしてあげる」

「頼んだぜ!」


 お姉さまが、戻って来ると甘いイチゴの匂いが漂ってくる。

 イチゴの練乳かけ、だーい好きっ!と、喜ぶ私にお姉さまも喜ぶ。

 子どもの頃好きだった事を回想しながら食べていると、仔犬がせっついて来た。


「なぁ、早く説明してくれよ」


 そんな焦る事じゃないと思うのだけど、それがフェンリルなりのプライドという物なのでしょう。仕方がないです私がお望み通りにしてあげる事にした。


「そうそう、お姉さま、この子、大きくなったら強くなりそうだから、フェンリルって名付けようと思うの」

「いいわ、それ採用!この仔犬の名前は『フェンリル』ねっ!いい?わかった?」

「おい!名前じゃなくて種族がだな──」

「気に入ったみたい、よかったぁ」


 私のごり押しに、仔犬は大人しくなってしまう。

 どのみち、誰かが居る時に会話が成り立つようには話せないと理解して諦めたらしい。

 あとでメイドに聞いた話によると、病気がちの子は仔犬が側に居れば元気になるという話を聞いて連れて来たとか。

 その事を聞いて改めて、これまでと違う尊さを感じた。


 ◇ ◇ ◇


 ふらふら~、バタッ


「お、おい大丈夫かよ」


 昼食が終わり、仔犬と二人きりになった時に思いついたのが歩行練習。

 どれくらい寝たきりになっていたか分からない、というかベッドから降りている記憶が全くないのだけど、あまりにも筋肉が無くて不安になった私は、この体がそもそも歩く事が出来るのかという疑問にぶち当たった。

 そしてその不安は的中し、ベッドから降りて立とうとした瞬間に、力が抜けて倒れてしまった。


「どうも寝たきりで歩く事もままならないみたい、ベッドにすら戻れ無さそう……」

「マジかよ。仕方ネェなぁ、ちょっとそこの熊のぬいぐるみ借りるぞ」


 仔犬は背丈が大柄の大人くらいの巨大なクマの縫いぐるみに向かって睨みつけた。

 それはフェンリルが魔法を発動させる時の姿勢らしく、今回使った魔法は物質操作だった。

 要は縫いぐるみを自在に操り、動かす事が出来るという魔法で、その魔法で操られたクマは私を軽々と抱きかかえ見事、ベッドに戻した。


「ふぅ疲れた」

「ねぇ、今のなに?私にも使える?」

「出来ると思うぜ、なにせ俺の言葉がわかる位の魂強度だ、あと魔力量も申し分ない」

「それ、関係あるの?」

「当然あるぞ、魂強度は練度の上限に、魔力量は威力や持続力に直結する。魂強度が弱い者はおおざっぱな魔法は使えるけど、精度を必要とした魔法は使えないと言った感じだ、魔力量は頑張れば増えるが、魂強度は生まれ持った物だから普通は増えないんだぜ」

「じゃあ教えて、フェンリル

「先生!?し、仕方ネェな、ちょっとだけだぞ」


 ちょろいな先生。


「それで、そうやって、そうそう、上手じゃないか。先生が良いと覚えるのも早いネェ、流石俺様」


 意外にもあっさりとクマを操れるようになった。

 次第に私を肩に乗せて部屋中を歩き回ったり、歩行練習に手を引っ張って貰ったりと有意義な使い方に変わっていく。

 本来、この世界の魔法は詠唱を必要とするが、先生の教える魔法は無詠唱で、前世の記憶に照合すればサイコキネキスの感覚の方が強かった。

 先生によって魔力が可視化された状態で手本を見せて貰った。それはクマ全体を魔力で包み込み動かす所から始まり、クマの手の先に魔力を集めて物を掴んだり、クマの手の先の魔力の形を剣のようにして物を斬ったりと、汎用性を誇示した。

 感覚だけで『掴む』事はできていたけど、それが似たような魔力の集め方で『斬る』に代わってしまう事に背筋が凍った。うっかり間違えれば、自分の魔力で自分を斬っていたなんて事があるかもしれないからだ。

 先生によると、熟練度が上がり他人に魔力を分け与えれるようになれば一人前らしい。ただ、先生の許可なくする事は堅く禁じられた。それは、魔力量の流し込みの加減によっては、相手のキャパを越え殺してしまうからだと脅された。


「あ、そうだ、魔力は定期的に消費した方がいいぞ、お前みたいに異常な量の魔力持ちは、自分の魔力に押しつぶされて死んじまうんだ、魂強度が高い内は大丈夫だけどな」


 もしかして私の死因ってそれが原因?

 私の魂強度の事は母から聞いていた。お医者さまから『魂強度が突然に上がるのは極めて異例なので是非とも体を研究させて欲しい』とまで言われる程に珍しく、普通の人間が100前後で、魔法が得意な種族になると120くらい、呪いや魔力に関係する病に侵され続けると次第に減ってくというのがお医者さまの見解だそうです。研究については父さまが激怒げきおこしたから無くなりました。


「効率のいい消費ってどうやるの?」

「クマを操作するくらいじゃ大して消費しネェ、山を一つまるまる吹き飛ばすような攻撃魔法を天空に向けて打つのが良いが、目立つからなぁ。あ、間違ってもそこいらの木や池、地面に流し込もうとするなよ、とんでもない事になるからな、あとはそうだな魔力を好物とする奴らに食わせるかだな」


 どんな生物かと聞くと、吸魔蝙蝠なんかが手軽で、処女限定でユニコーン、一般人には見えない妖精というのがどうにか会える確率がある生物だとか。他にも植物系やバク、悪魔、一部のスライムや寄生虫、魔導書もあるが御しにくいからお勧めは出来ないとか。

 どうしても植物系を選ぶなら、魔力草を大量に育成するのが最も効率がいいとお勧めされた。ただ、他の植物を排除する必要があるのと、土ゴーレムが生まれる可能性があるから注意が必要で現実的ではないがんばれと言われた。


 とりあえず、攻撃魔法って言うのを教えてもらおう、そうしよう、にひひひ。

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