私の推しはバッドエンド専用のヤンデレです

椎楽晶

私の推しはバッドエンド専用のヤンデレです

絵師さん狙いで購入し、まず最初の1週目は攻略サイトも見ずにプレイして見ようと思いつくままに突き進み、辿り着いたエンディングはバッドエンド。


それも、今まで脇の脇でちょろっとしか出なかったような『お前誰?』ってキャラクターが豹変し、ヒロインに向かってのヤンデレ発言in檻の中…だった。


それまで何のフラグもなく、セリフすらあったか覚えもないようなキャラの突然の行動に、展開の雑さを感じながらも…


その瞬間、私は恋に落ちた。二次元のキャラクターへのガチ恋だ。


そこからは、違う意味でやり込んだ。


イラスト以外に興味なくてスルーしていた開発陣のSNSアカウントを片っ端からフォローして、開発秘話からネタや小話の全てをさらい、とにかく彼とゲームに関する全てを調べた。


絵師さんのSNS投稿も同じく全てさらい、関係ありそうな呟きの全部をチェックしスクショした。


動画視聴専門だったタブレットにお絵かきアプリをDLし、必死に練習した彼のイラストと共にPR文章を作成しSNSに投稿。人生初めてのだった。


二次創作のイラストや小説を投稿サイトにあげまくり、ネット上でもリアルでも隙あらば彼をオススメした。


ゲームも関連テキストの全てを回収するために、あらゆる選択肢を網羅した。

その行動に、リアルの友人は『デバッカーかよw』と笑ったけれど、なんとでも言うが良い。私は好きになった相手の把握しておきたい人間なんだ。彼に恋してはじめて知った性質だった。


公式・非公式問わず人気投票には彼に票を入れた。もちろん、制作陣への感想も送った。FDファンディスク作成の際は、ぜひ彼のルートをお願いします!の一文はどのアカウントで送る時にも必ず入れた。


予算の関係か、ただやる気がなかったのか…。

ハンコ絵みたいなありきたりで同じような流れの個別シナリオだった上に、バッドエンドが軒並み彼による監禁エンドだったけれど、もしかしたらFDではそんな彼を攻略できるかもしれない。

その一心からFD制作を待ち続けた。


待って、待って、待ち続けて…その会社は倒産した。


もう二度と新しい彼の一面に会うことはできない!!


食事も睡眠も取れず、息をすることすら苦しいくらいに…永遠に会えなくなった彼を思って泣き続けた。


生活の全て彼一色だった。とても幸福で満たされた日々だった。

それなのに、もう会えないなんて信じられなくて…。


繰り返しバッドエンディングを見続ける。

彼が喋るたびに涙が溢れ、もう会えない事実に喉の奥がキュウウと苦しくなる。


生まれ変わったら彼のいる世界で同じ空気を吸いたい…本気でそう願って眠りに落ちる日々。


神様、お願いします…お願いします…お願いします…。





神様は本当にいるようで奇跡が起こった!!


目が覚めた私は彼のいる世界…乙女ゲームの世界に転生していました。

しかも、ヒロイン!!彼と結ばれる運命を持ったヒロイン!!


早く会いたくて仕方なかったけれど、どれだけ調べてもゲームの舞台に登場するまでの過去はわからなかったので大人しく物語の始まりまで待つことにした。


すれ違ったり、下手に行動したせいで出会えないなんてなったら発狂する自信があった。


シナリオ的には、他キャラの好感度をある程度あげなければいけないし

『誰もが夢中になるヒロイン』に相応しいように自分を磨きながら、いつか彼に会える日をひたすら待った。


やっと物語が始まった時は、真っ先に彼に会いに行き、飛びつきたい衝動を必死に抑えた。


(まだ、彼は私を認識もしていない)


とにかく、シナリオを進め『誰もが夢中になるヒロイン』に彼にも密かに夢中になって貰わねばならない。

ヒロインが特定の誰かのものになってしまうのに耐えられない!!となるほど、想い焦がれてのだ。


好きでもない男相手に愛想を振り撒き、好感度を調節していく。


そして、ついにバッドエンディングへの最速突入を果たした。

ここで正解の選択肢を選ばないと即バッド行きだった。


もちろん、私は正解なんて選ぶつもりはない。

真っ直ぐ、彼の待つ場所へ進んでいく。


この道の脇、通り過ぎる横道に潜んでいた彼に、背後から襲われ気を失い…次に目覚めた時は彼特製の檻付きベッドの上。ゲームのシナリオではそうだった。


冴えない脇キャラ風のキャラデザだったのに、そのエンディングで見せる本当の姿はそれはそれは美しい…いや、鬱くしかった。


恋に焦がれ眠れなくて目の下の隈は深く、狂気に染まった瞳に引き攣り上がった口角。ぐしゃぐしゃに掻きむしった髪はボサボサ。喉を掻きむしり苦しさを訴えるその姿は、退廃的でエロティックで一目で恋に落ちた。


恐怖に涙し、触れる手に嫌悪の悲鳴をあげるヒロインを『うるさい』とちながらも、同じ口で『愛してる』と繰り返すエンディングに…半分寝落ちしながら進めていた脳が一瞬で覚醒した。


もともと好きな絵師さんで、得意としているのは『闇落ち』だったけれど…まさにその真骨頂とも言えるスチルだった。

声優さんの演技も相まって、心臓が痛いくらいにドキドキしたのを今でも鮮明に思い出せる…。


もうすぐでそのシーンになる…私が恋した彼に会える。


シナリオを進めながら、視界の端にチラチラといつもの彼を見ながら

こんな純朴そうな、端にも棒にも引っ掛からなそうな冴えない男がなると思うと堪らなくなった。

それを知っているのが、この世で私1人という優越感もまた私をゾクゾクさせた。


野暮ったく伸ばした前髪と化粧で隠した素顔に、幼い頃に狂った母親につけられた火傷跡があること。

そんな母親から受けた虐待で、独占欲と執着ばかりが暴れ回る歪んだ愛し方しかできないこと。

ただの一度も関わりのなかったヒロインをそこまで深く愛する様になったのは、その純真無垢な笑顔を自分にも向けて欲しいと言う願望が、やがて自分だけに向けて欲しい、に暴走していったが故のこと。


全部知ってる。全部知ってる。


彼自身も自覚していないことまで全部。

制作秘話や絵師さんのキャラデザコンセプトから読み込んで、私は全部知っている。


怪しい横道をあえて気にも止めない風に通り過ぎ、背後に響いた私以外の靴が砂利を踏む音に心臓が高鳴る。


口元に当てられたハンカチの薬品の匂いの向こうに、誰かの匂い。きっと彼の匂い。

回された腕の意外な逞しさ。背中に感じる熱。薄れる意識の中、耳にそっと囁かれる『愛してる』の言葉。


(…愛おしさで胸が苦しい)


彼の素晴らしさを布教しながら、同じ思いの人を求めながら

『誰にも知られたくない』と言う矛盾した想いも抱えて苦しかった。


投稿した二次創作に、彼の良さに目覚めましたのコメントを貰うたびに

嬉しい反面、誰にも渡したくなくて…分かられたくなくて、何度も消したい衝動に駆られた。


それももう終わり。次に目覚めた時は、彼に囚われているはず。


これでやっと、彼だけの私と私だけの彼になる。


ゲームの本編シナリオなんてどうでもいい。

推して推して推し続けた、焦がれ続けた想い人と今日やっと結ばれる。


神様、本当にありがとう…。

私は今、世界一幸せなバッドエンドの監禁ヒロインです!!


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