オールユーニードイズキルミーベイベー

おぎおぎそ

オールユーニードイズキルミーベイベー

「ですから! 私を殺していただきたいと! なんとかお願いできませんかね⁉」


 目の前にいる町娘風の女は目を輝かせた。


 中央街から外れた十三番通り。いくらリーゼンベルグの城下町といえど、この辺りはあまり治安の良い場所ではない。人通りも少なく、怪しげな露店がポツリポツリと並ぶばかりだ。

 見たところこの娘の育ちは良さそうだ。こんな区画に来なければならない用事があるようには思えない。


「……あー君、言ってることがよくわからないんだけどね。とにかく暗くなる前に帰った方が――」

「帰りません! 帰りませんとも! 私を殺してくださるとそう約束してくださるまでは!」

「いや、殺せってそんな簡単に……」


 彼女はなぜか興奮気味だ。栗色に揺れる髪、爛々と輝くガラス玉のような瞳。町一番の美人と紹介されても頷ける容姿で、表情に厭世の色は見られない。むしろ凄く楽しそうだ。


「何があったかは知らないが、君、命は大切にしたほうが良い。俺も仕事柄偉そうなことを言えた口ではないが……とにかく殺してくれなんて簡単に――」

「あ、私ラルファっていいます。四番通りの居酒屋で看板娘やってます」


 お? もしかして人の話聞かないタイプ?


「すみません、私ったら自己紹介もせずに急にベラベラ話しかけちゃって。失礼でしたよね」

「人の話を途中で遮る方がよっぽど失礼だぞ……」


 そんな俺の言葉を聞いているのかいないのか、ラルファはニコニコと微笑んだままだ。


「とにかく! ラルファ、見ず知らずの君を殺すことなんてできない」

「またまた~、普段見ず知らずの人ばっか殺してるじゃないですか! ほら、いつもと同じ感じでグサッ! と! お願いしますよ~」


 ラルファは顔の前で手を合わせ、軽く頭を下げた。


「…………なあ、君。もしかして俺の仕事が何か知ってるのか……?」

「はい! もちろんですとも! だって私、あなたの追っかけですから!」

「……は?」

「ですから私はあなたの、伝説の殺し屋『静かなる絶望』の追っかけです! 大ファンなんです!」


 そう言うと彼女は、うひょ~! 推しの戸惑いフェイス最高~! ごちそうさまで~すと、訳のわからない奇声を上げた。



 **********



「えーとつまり君は」

「ラルファです是非名前呼びでお願いしますその方が色々捗るので」

「ラルファ、お前は俺の殺し屋稼業に魅せられ」

「はい」

「付きまとい行為をするようになったと」

「違います追っかけです応援行為ですそんな無粋で下卑た行為と混同しないでください」

「は、はあ」


 なぜ俺が説教されにゃならん。今まで俺はプライベートな行動を逐一監視されていたわけだろう? 被害者は俺ではないか。


「いや、ちょっと待て。いくら俺を追いかけるといっても限度がある。つまりその、仕事以外の時間ならともかく、殺しの依頼を受けている最中の俺を追うことはできないだろう」


 ラルファは不思議そうに首を傾げる。


「……といいますと?」

「つまりその、俺もプロだ。殺しの最中に素人に見つけられるようなヘマはしない」


 ましてや俺の活動時間は主に夜。訓練された兵士ですら、俺のようなプロの暗殺者の気配を感じ取ることは容易ではない。


「そこはまあ、私もプロですから。私が何年あなたの追っかけやってると思ってるんですか? 行動パターンとかは全部頭に入ってます。追っかけの最中に本人の仕事の邪魔になるようなヘマはしませんよ」


 え、何こいつ怖。


「今までは遠くから見てるだけで満足だったんですけどね~。ついに我慢できなくなってしまって、こうして『静かなる絶望』さんにお声がけさせていただいたわけです」

「……その呼び方はやめてくれ」

「……なぜでしょう? ……あ、まさか恥ずかしいんですか?」

「そのまさかだ。勘弁してくれ、二つ名なんて」

「くぅ~~~~! 推しの照れ顔キタ――――ッ!」


 無邪気で可愛らしいラルファの笑顔が今は死ぬほど憎い。ダサい二つ名が広まっているってだけで恥ずかしいのに、こんなおっさんの照れた表情で喜ぶとか……。いや、ほんとに勘弁してくれ……。


 誰が言い始めたのか、『静かなる絶望』は俺の二つ名だ。二つ名で呼ばれているということは、素性が割れていない証拠。つまり殺し屋としては合格なわけだが、にしてももう少しマシな名前がありそうなものである。賞金首の手配書にこの名前が載っているのを見ると、毎回破り捨てたくなる。


「かっこいいじゃないですか! 『静かなる絶望』! 闇夜に忍び寄り、その美麗な剣技で音もなく仕事を終え、後に残るのは絶望だけ! まさに『静かなる絶望』!」

「やめろやめろ連呼するな熱弁するな」


 うるさい絶望にそう言い聞かせるも、人の話を聞くような女では無いことはもう十分に理解していた。

 仕方ない。殺し屋としては危険な行為だが、二つ名連呼よりはマシだ。


「ヒルデランドだ。お前も俺のことは名前で呼べ」

「うひょ~~! 推しのトップシークレット情報、本名公開キタ――――ッ! あざますっ! 捗りますっ!」


 あーあーうるさいうるさい。……というかラルファ? ラルファさん? なにメモしてるんですか? その行動の危険性、理解してます? もしその情報が広まろうものなら、あなたの推し、豚箱行きですよ?


「さあ! 私の推し活ゲージがたまってきたところで『静かなる絶望』さん!」

「ヒルデランド」


 さっきのメモ何の意味があったの、ねえ。


「ヒル……言いにくい名前ですね……。『絶望』さん!」

「略すな楽をするな横着するな」

「『絶望』さん、意外と人の話聞かないタイプですね? まあいいや、とにかくあなたのファンである私としては、是非推しである『絶望』さんに殺されてみたいのですよ! なので、ね? いつもみたいにズバッ、シュッ、ドドーンって感じでお願いしますよ!」

「やらん」

「……薄情者?」

「何を言われてもやらん。やらんしできん。俺はこんな仕事をしてはいるが、自分の正義に反する殺しはしない主義だ。今の俺にはお前を殺すに足る動悸がない」

「つまり、やる気の問題ということですか? 押しましょうか? 殺る気スイッチ」


 なんだそのスイッチは。


「まあ端的に言えばそうだ。……それに、俺はお前が思っているほど殺しの腕は良くない。一発で仕留めるにはそれ相応の準備が必要でな……。とにかく! この話は終わりだ! 用が済んだなら今日はもう帰れ。四番街まで送ってやるから」

「えーケチー」

「ケチー、じゃない。だいたいこんな裏通り、今すぐに襲われたって文句は言えない――」


「『静かなる絶望』ってのはお前か?」


 突如、俺の背後から男の声がした。ドスが効いているが、酒に焼けたような掠れた声だ。

 黙って振り返ると、大柄な男が品定めするような目で俺を見ていた。黒ずんだ服に身を包み、小型のナイフをプラプラと振り回している。あまり良い会話相手ではなさそうだ。


「……だとしたら、なんだ」

「こんなつまらねぇ男が賞金首とは、この街も張り合いがねぇなぁ……。まあいい」


 そう言うと、男はナイフをグッと握った。こちらが剣を構える必要は……なさそうだな。


「おい『静かなる絶望』さんよぉ、俺ぁ今夜の酒手がちと足りなそうでなぁ……」



「――その首、貸してもらうぜ」



 言い終わるか否かといううちに、大男は飛びかかってきた。見かけによらず素早い動きだ。

 だが、所詮その程度。男が繰り出すナイフの突きはキレが乏しく、身体を少しひねるだけで容易く避けられた。


「貸すわけにはいかないな。どうせ、返してはくれないのだろう?」

「ふん! わかってるならさっさと寄越しやがれ! ちぃっ! ちょこまかと!」

「うぉぉぉぉ! 推しの戦闘シーン! 上がるぅぅぅぅ!」


 一人うるさいのが混じりやがった。台無しだよ、もう。


 ラルファは俺の後ろで旅芸人の見せ物でも楽しんでいるかのように歓声や拍手を上げている。絶望さん剣を抜けー、殺っちまえー、キルレ上げてけーなどと、意味不明な野次まで飛ばす始末だ。


「おまえごとき、剣を使うまでもない。悪いことは言わん。怪我をしないうちに失せろ」


 連続突きでスタミナを消耗しはじめた大男にそう告げる。しかし、男が諦める様子はない。


「ふっ! はっ! おらぁ!」

「きゃー! わー! かっこいい!」


 相変わらずラルファがうるさい。「視線ちょうだい」だの「ウインクして」だのと書かれたビカビカした扇をフリフリしている。なんだそれは。どっから出した。


 そんなラルファの様子を横目で確認していられるほどこちらには余裕があった。どんな素人が見ても、男に勝ち目のない勝負であることは明らかだ。仕方ない、適当に気絶でもさせて転がすか。


 そう考えていた矢先だ。何か名案を思い付いたかのように男はニヤリと笑うと、するりと身をひるがえして、俺の背後に回った。


「キャッ!」


 男は素早く片腕でラルファを拘束し、その喉元にナイフを突きつけた。


「この女、お前のツレだろう? おい賞金首。こいつの命が惜しけりゃ……わかるよなぁ?」


 男は下卑た笑みを浮かべる。……あんまり惜しくもないんだけどなぁ、そいつの命。


「ちょっとー今いいとこなんですから邪魔しないでくださいよー。あと、私『絶望』さんに殺してもらう約束なので、ご理解のほどお願いしますねー」


 ……ほらね。


 まあただラルファにここで死なれるのも夢見が悪い。仕方なかろう。

 俺は瞬時に男の視界から消え、背後に回る。鞘に入ったままの剣で男の背中を鋭く突く。


「――急所は外した。しばらく寝ていろ」


 大柄な男は声を上げる暇すら与えられず、地面にドサリと倒れ込んだ。

 支えを失ってよろめくラルファを、片腕で抱き寄せる。一瞬の出来事に驚いたのか、放心しているようだ。


「おいラルファ、大丈夫か」

「……嘘つき」

「……は?」


 ラルファはなぜか顔を赤らめる。次の言葉がなかなか出てこないのか、胸の前でキュッと手を握っている。




「…………私一発で仕留められちゃいましたよ、ヒルデランドさん」

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