【KAC20222】バラの歌姫は永遠に魅了し続ける

宮野アキ

バラの歌姫の魅了は永遠に続く

 とある国にエルデルと呼ばれている街があった。


 その街には、冒険者ギルドと呼ばれている組織の支店があり、冒険者ギルドは街の住人が依頼を出せば何でも、代わりに仕事を担ってくれた。


 家の掃除や街のゴミ拾いなどの清掃雑務から、他の街に行く時の護衛や危険生物の魔獣討伐などの荒っぽい仕事まで何でも受け付け、その仕事を冒険者ギルドに所属登録しているクラン、又はチームに依頼を出す。


 そんな冒険者ギルドで一人の男が机に突っ伏していた。


 その男は、ギルドに所属登録しているクラン【六対の翼】のクランリーダー。黒髪で細い目をしている男、レルン・アイストロ。


 そんなレルンが、机に突っ伏していると冒険者ギルドの受付嬢。額に親指程の大きさの緑色の宝石が眉間に存在する宝石人種クリスタルウィルのクララがやって来た。


「レルンさん。こんな所で机に突っ伏して何をしてるんですか?」


「見ての通り暇をしてるんだよ。今日もうちには仕事がないしね」


「ないってギルドから【六対の翼】に依頼をしましたよ!暇なはずが無いじゃないですか!!仕事はしてるんですか!?」


「してるよ。他のメンバーがね。仕事を振ったら俺の仕事が無くなったからどうしようかと思ってね」


 クララはレルンのそんな姿を見てため息を付く。


「全く。だったら丁度いいです。今ギルドに依頼が来たんですよ」


 そう言って、レルンの前に二枚の紙が置かれる。その紙には、劇場の警護の仕事と書かれた依頼の紙とオペラの宣伝のチラシだった。


「――こ、これは」


 そしてレルンは細い目を見開く。


 オペラの宣伝のチラシには一人の女性が描かれていた。


 ブロンドの髪に青い瞳。まだ何処かあどけなさが残っているその顔立ちの女性の事をレルンは良く知っていた。


「レルンさんも驚きますよね。なんだってあの有名なバラの歌姫であるシトリー・シャンタールが、こんな小さな街で公演して下さるんですから……でも、なんでシトリーさん何かの大物がなんでエルデルで公演するんでしょうね。何か知ってますか?」


「……いや、知らないな。シトリーちゃんはエルデルよりも南の街出身で、エルデルでは公演した事ないから」


「……随分と詳しいですね」


「当然じゃないか!!シトリーちゃんは歌姫の卵の頃から応援してる子なんだよ!!冒険者になる前は、出るオペラやミュージカルなどの少しでもシトリーちゃんが出る公演はどんな者でも必ず見に行っていた程のファンだぞ!!」


「……そ、そうなんですね」


「こうしちゃいられない!早く行かないと!!」


 そう言うと、レルンは立ち上がり急いでギルドから出ようとする。


 そんなレルンの後ろ姿に向かって慌ててクララが呼び止める。


「レルンさん!!一体何処に行くんですか!!!」


「そんなの決まってるだろ!これからシトリーちゃんの公演の為に精神修行をするんだよ!!」


 そう言いながら、レルンはギルドから飛び出すのをクララは呆然と見送っていた。



◇  ◆  ◇



 シトリー・シャンタールの単独オペラ公演当日。


 劇場には多くの人々が来ていた。シトリーのファンの者、シトリーの事は知らないが興味本位で来た者、単純にオペラが好きで来た者。


 その中でも、一際異質な者が居た。


 それはレルン・アイストロ。

 彼は、シトリーのイメージカラーである赤色の上着を羽織り、大きなバラの花束を持って現れた。


 そんな異様な恰好をしているレルンに周りの人々は引いていた。

 だが、レルンはそんなことは気にせずにバラの花束を劇場スタッフに渡す。


「これを頼んだよ」


「えっと……お客様、頼んだとは……この花束をどういたせばよろしいでしょうか」


 劇場スタッフからそう言われたレルンは驚いた顔をするが、すぐに落ち着いた穏やかな顔になり、スタッフに説明する。


「そうか、君は知らないんだね。シトリーちゃんのファンクラブ所属の者は、必ず公演を見に来るときはシトリーちゃんのイメージカラーである赤い上着を着て、バラをプレゼントするんだよ……ほら、噂をすれば――」


 そう言って、レルンが指を差す方向にはレルンと同じような赤い上着を着た一輪のバラの花束を持った集団がやって来た。


 その光景を見たスタッフは呆然としていたが、レルンが肩を叩いて笑顔を向ける。


「まぁ、頑張ってね」


 そういってレルンは、その場から離れて劇場へと向かった。


……………


………


……



「ふぅ……今回も素晴らしい歌声だったな。何て言っても、最後の花弁が舞う演出は素晴らしかった」


 シトリー・シャンタールのオペラ公演が終わり、レルンは感動の余韻に劇場の席に座って浸っていた。


 素晴らしい歌声と美しい容姿。そしてシトリーを引き立たせるような演出。


 そんな、感動的な公演の余韻にいつまでも溺れていたいと思うほどだった。


「それにしても彼女は成長したな。歌姫の卵の頃から応援していたけれど、歌声はもちろんの様に容姿にも磨きが掛かって、動作の一つ一つに色気があったな……本当に成長してる。あの時の約束を果たそうとしてるんだね」


「すみません、よろしいですか」


 余韻に浸っていると声を掛けられた。


 清掃のスタッフでも来たのかと声を掛けられた方向に向くと、そこには男性用のスーツを着た長髪の赤髪を後ろで一つにまとめている女性が立っていた。


 レルンはその女性の姿を見た瞬間驚いていたが、すぐに柔らかい口調で話し掛ける。


「ミリスタさん、お久しぶりです。今もシトリーちゃんのマネージャーをやっていたんだな」


 ミリスタと呼ばれた女性は、軽く頭を下げて笑い掛ける。


「はい、おかげさまで……実はシトリーお嬢様がお呼びです。来て下さりますね」


 その言葉にレルンは予想していたのか、驚く事もなく苦笑いを浮かべて席から立ち上がる。


「そっか、シトリーちゃんからの呼び出しがあるなら仕方がないね。ミリスタさん、案内して」


「えぇ、分かってるわ。付いて来て」


 そう言って歩き出すミリスタの後をレルンは付いて行く。



◇  ◆  ◇



「……この部屋ですレルンさん。入って下さい」


「ありがとうねミリスタさん」


 劇場の出演者控室の前にレルンはやって来た。


 そして、レルンは扉をノックすると、中から「は~い、入って下さい!!」と元気よく、可愛らしい声が聞こえて来た。


 その言葉に導かれてレルンは扉を開けるとそこには、舞台では綺麗で美しかった歌姫のシトリーが歳相応の可愛い顔で迎えてくれた。


「お久しぶりですレルンさん!私の公演に来てくれてありがとうございます。それと、バラの花束もありがとうございます!!」


「久しぶりだねシトリーちゃん。バラの花束は気にしなくていいよ。ファンとしては当然の義務だからね」


「何言っているのですか!私に初めてバラの花束を渡したのも、ファンクラブの会員は必ずバラの花束を送る様に規則を作ったのはファンクラブ会長のレルンさんじゃないですか」


「元だよ。ファンクラブの会長は他の人に譲ったさ、今はもうただのファンだよ」


「……どうでしたね」


 シトリーが何処か寂しそうに呟くとすぐに笑顔に戻り、レルンを上目遣いで見て来る。


「実はレルンさんにお願いしたい事があるんです」


「えん、なんだい?シトリーちゃんのお願いなら何でも聞くよ」


「……はい、実は私これから世界中を巡ってオペラ公演をする予定があるんです。それで……昔みたいに私を守ってくれませんか?」


シトリーのその言葉にレルンは嬉しくもあり、そして悲しくもありそうな顔をしてシトリーの頭に手を乗せる。


「シトリーちゃん。……おめでとう。まさかこんなに早く世界中の人々に歌声を届ける存在になるとは思ってなかったよ。そして、ごめんね。俺はシトリーちゃんのそばにはいられないんだ」


「……私のせいですか?」


「違うよ!今の俺は冒険者をしているし、クランも運営している。だから昔みたいにシトリーちゃんのそばに居続ける事は出来ないんだよ……ごめんね」


 レルンにそう言われたシトリーは、俯いて涙声でボソボソと呟く。


「うそ……つき………ずっと、傍に居るって言ったのに、応援してくれるって言ったのに」


「ごめんな。傍には居られないけれど。ずっとシトリーちゃんの事は応援してるから」


「……本当ですか?」


「本当本当。なんだったらシトリーちゃんがおばあちゃんになっても歌姫を辞めたとしても、俺はシトリーちゃんの事を応援し続けるよ」


「……ふふ。わかり、ました。私の専属の護衛になってもらう事は諦めます。だけど、その代わり死ぬまで私の事を応援して下さいね」


「あぁ、もちろん。……それじゃあ俺は帰るね」


「はい、また。あの時みたいに私に会いに来てね」


「うん、分かったよ。ミリスタさん、劇場の外まで案内してくれませんか?」


「はい、分かりました。お嬢様、また少し離れます」


「分かりました。それじゃあレルンさんもまた」


「おう、またな」


 シトリーのどこか寂しそうに手を振る姿を背に、レルンは部屋を出て行った。



◇  ◆  ◇



「それではレルンさん、私はこれで……」


「あぁ、ミリスタさんも外までありがとうな。シトリーちゃんのフォローよろしく」


 劇場のスタッフ出入口から出たレルンはミリスタと別れの挨拶をするとレルンは周りに誰も居ないのを確認してから、ミリスタに軽く手を振りながら歩き出す。


 そして、自分の家に帰る途中、顔を上げていると月が目に入り、笑みがこぼれる。


「今日も綺麗な月だな……まるでシトリーちゃんみたいだな……なんてな。昔の事を思い出して変な事を言っちまった」


 そういいながら、レルンは月を見ながら涙を零さぬ様に家に向かう。

 その月に彼女の面影を感じながら――

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