邂逅:編
導かれし者達の章
1 封印解除
♰
それは、単なる偶然だと思っていた……。
まさか、この俺が悪魔の飼い主になろうとは思ってもみなかった……
いや、いや待てよ。偶然と云うよりは、今にして思えば必然だったのかも知れない?……。
そもそも、偶然とは一体何なのだろう?
国語辞典で引用するならば、「偶然」とは、思いがけない出来事と引用されている。では、必然とは何なのだろう? 同様に、「必然」とは、必ずそうでなければならない事。言い換えれば、それが避けられない運命だとも言っている……。
この俺の運命は、偶然か? 必然? それとも
何だ?~。まぁ、何だっていいや?——。
俺の名は、
しいて言えば背が高く、顔の彫りが深くてハーフと間違われるくらいだ。と言ってもニュー・ハーフではない。外人のハーフだ。一応男だから女が好きだ。
後、大学時代に空手を少々やっていて、一応黒帯は持っている。体育会系の学校だったから、体つきはガッチリしている。後、体育会系の大学に居たから目上の人には逆らえないが、熱い性格だ。なんだ、結構自己PR出来てるじゃないか。
仕事はSO電器部品会社の営業をしていて、時折接待の日が入っている。大手の企業が相手ではなく、小中企業がもっぱら専門だ。製造部の係長クラスを連れて、相手の機嫌を伺う接待に俺のストレスは溜まる一方だった。俺は太鼓持ちじゃない、っう——の!
——話は昨夜に遡る。
昨晩も取引先と接待で飲んでいた。平日でしかも明日も仕事だというのに、昨夜はどういう訳か、いつもより酔ってしまった。
午後23時30分に千鳥足で自宅のアパートへ帰って来た。どこぞのカンフー・マスターの如く、酔拳を演舞しているような見事な
その目覚まし時計に勢いよく頭から倒れこんだから、後頭部を思い切り打ってしまったのだ。
【ゴンッ——!】
「アイテテテッ——! チクショー何でこんな所に、目覚まし時計が?……イテ―なぁ、もう……あれ? 血が出ているじゃないか……もう、勘弁してくれよ~。痛ってなぁ——!」
その時計は金属製だから頭を打った時に、頭の表皮を切ってしまったのだ。手で押さえると、手に血が付ている。薄い頭の表皮を切ったので、血がジワジワ出ている。後頭部だから頭痛が倍増される気がする。酔っているので痛みが薄らぐと思っていたら、アルコールの所為で血の巡りが良いのか、余計に頭が痛くなってきた。脳内の頭痛と目覚まし時計で切れた頭皮の痛みで、俺は叫んだ。
どこぞの、白粉を塗ったお笑い芸人の決めセリフの如く叫んだ。
「チックショ————!」
深夜の近所迷惑なんてなんのその、大声を出すと気分は少し落ち着いた。ご近所様を気にするなんて、そこまで気が回らない。そもそも隣近所に誰が住んでいるかは、知らないのだ。廊下で会う事もないから分からない。可愛い子ちゃんなら良いけれど、オタク野郎か汚ねぇオッサンなんて、関わり合いになりたくないんだ。どうせアパート暮らししている奴等なんて、多かれ少なかれ皆同じ考えなんだ。
しかし頭が痛い。ティッシュを数枚取って、頭に抑えてみるも血が止まらない。ハンドタオルを水で湿らせて、頭の傷口を拭いてみた。濡れたタオルがヒンヤリして気持ちいい。
その後、切った箇所が気になって洗面所で合わせ鏡をしていた時の事だった。
【ピピピッ…! ピピピッ……!】
「うわっ、ビックリした! なんだよ、もう……」
なぜかベッドの上の目覚まし時計が、午前0時に鳴り出した。タイマーなんてセットした覚えがない。そもそも、タイマーは朝の6時にセットしている。
急に鳴り始めたタイマーの音に、飼っている2匹のハムスターが驚いて滑車を回し始めた。ジャンガリアンの薄いグレーの毛色をした愛くるしいハムちゃん達だ。
【
なんだ、今日はいつもより元気だな!? 今日は、いつもより3割増しで回しています! とでも言わんばかりの勢いだ。調子がいいじゃないか? ご機嫌だね。
そんなご機嫌なハムスターを他所にベッドに行き、鳴りやまない煩い目覚まし時計のアラームを止めた。アラームの音が酔っぱらった脳内と負傷した頭皮に響く。
もう一度洗面所に行き、洗面台での合わせ鏡によって自分の後頭部の傷を確認した。ふと俺は、昔遊園地で行った事のあるミラーハウスの事を思い出した。全面鏡張りの部屋は不思議な空間だった。
右手に持っている小さな手鏡を頭上から顔の横の目線に持っていく。手に持った手鏡と洗面台の少し大きい鏡を角度をつけて合わせてみる。すると、鏡の中に不思議な空間が生まれた。
鏡・鏡・鏡・見ていると吸い込まれそうになる合わせ鏡の無限回廊が出来上がる。俺は奥の方の鏡を覗き込むように見てみた。
すると鏡の奥に動いている何かを見つけた。まさか? 嘘だろ? と空いている片手で目を擦り、もう一度鏡の奥を覗き込んだ。合わせ鏡という不思議な構図の奥の方から、黒い変なモノがモゾモゾと動き、此方に向かってやって来る。なんだ、なんだ‼ 目の錯覚か‼ なんかこっちへ来るぞ~!
途端に、何かの音がする————。
【ビシッ————!】
「うわっ——! 何だ?」
音がしたのは鏡からだった。洗面台の鏡と、俺が持っている小さな鏡。その両方にヒビが入っている。そいつは、いきなり割れた洗面台の鏡の中から現れた。いや、違うな。鏡の世界からこっちに出た瞬間に鏡が割れてしまったのだ。
現れたと言うよりも、鏡の中から俺が見ているコチラの世界の方へ勢いよく飛び出して来た。しかも驚く事に宙に浮いている。
そいつは、背丈は約30㎝。全身真っ黒で、ずんぐりむっくりしている。目は燃えるように真っ赤で、口は大きく裂けている。両手の替わりに背中からコウモリの様な羽根が生えている。頭には触角の様なモノが二本生えていて、長い尻尾がチョロチョロ動いている。足は短くて小さめだ。見たまんま、気味の悪いぬいぐるみだ。まるで、ドラゴンQのド〇キーのように見える。
そいつは割れた鏡の在る洗面台から、部屋の中央に移動した。宙に浮きながら自分自身の身体を確認するように一通り見ると、今度は俺を見ながらこう言った。
『クックック……やっと封印が解けたのか? お前か? この俺の封印を解いてくれたのは? 礼を言うぜ。アリガトよ。さて、それでは、お前の魂を頂くとするか?』
はぁ? いきなり訳が解らない事を言っている。こいつは奇妙な姿をしている癖に、日本語が話せるみたいだ。まぁ、訳の分からないフランス語や、ヘブライ語を話されても困るのだが……。流暢に話す日本語に俺は驚いたのだった。
しかしだ、ちょっと待って欲しい。そもそも魂をヤツにさし出すと言う事は、俺は死ぬ事だ。ヤツの言葉に俺は慌てた。いきなり、なんて事言うんだ。魂なんて、やらねーよ!
「チョ、チョット、チョット! 待て。待ってくれ——。 封印を解いたって、お前は一体何モノなんだ?」
俺の問いかけに、そいつは赤い目を光らせ、そして不気味な含み笑いをしながら俺に話し始めた。ぶさいくな格好をしている癖に、なんか偉そうな態度だ。
『ヌフォフォフォ……我が名は、大魔王メフィスト・フェレス=ルーク・アザエル公爵だ。いわゆる悪魔の中で一番偉い悪魔だ。違うな、俺様は大魔王だ。ファハハハ。
その昔、天界人によって鏡に封じこめられてしまったのだ……。
それが、お前が今夜13日の金曜日。午前0時に血の合わせ鏡をして、封印を解いてくれたという訳だ。どうだ? 納得したか?
では久しぶりに人間の…いや、お前の魂を頂くとしようか?……さぁさぁ、遠慮するな。こちらに来るがいい……』
確かに昔、13日の金曜日の午前0時に合わせ鏡をすると悪魔が出てくる。って話は聞いた事があるが、まさか本当だったとは思いもよらなかった。あれは都市伝説じゃなかったのか。俺はヤツの言葉に慌てた。簡単に俺の魂をヤツに譲る事は出来ない。俺はヤツに出来るだけ抵抗してみる事にした。黙ってむざむざ死を受け入れる事は出来ない。この若さで、まだ死にたくない。まだまだやりたい事だっていっぱい有るんだ。オーマイガー!
しかし焦って言葉が中々出ない。どうする? どうする、俺? マダ死にたくないよ——。
「——ま、待て、待て……いや、おかしいじゃないか? どうして封印を解いた者の魂を取るんだ? 普通なら逆に俺の願い事を聞いてくれるんじゃないのか?」
『ウルセェ——! そんな事、一体誰が決めたって言うんだ? 御伽噺じゃあるまいし。第一、この俺様は長い間、鏡の中に居たから腹が減ってんだ——!早くお前の魂をよこせ——!』
「うわっ———。 助けてくれ——」
俺は自分の身を守る為、とりあえず暴れてみた。そこらに有る物を手当たり次第ヤツに向かって投げつけた。しかし、どうだろう。確かにヤツに物が当たっているはずなのに、投げかけた物が身体を通り抜けている。まるで3Dを見ているみたいだ。
信じられない。これは、夢か? 俺は酒を飲み過ぎて、幻影でも見ているのだろうか? もはや、アンビリーバボーの世界なのか?
『ケケケッ……無駄だ。この俺様は悪魔だっていったはずさ。そんな物は当たらない。大人しくしろ……ケケケッ……』
「ヒィ——。ウワッ————!」
尚も俺は何かをしようとした。黙ってムザムザ魂を取られたくない。魂を取られると言う事は、死を意味するからだ。まだ死にたくない。だから俺は必死の抵抗を試みた。俺の投げた物はヤツの体を素通りするが、どういう訳か俺はヤツの体に触れる事が出来た。なんだ、こいつは? ブニョブニョして気持ち悪りぃ~。
気持ち悪さを我慢して片手でヤツの身体を掴み、もう一方の片手でシッポを掴むと、俺は無我夢中でヤツを思いっ切り振り回した。エーイ、この野郎めぇ~!
『ウワッ——! ちょ、ちょ……それだけは止めろ————!』
振り回す事に特別に意味は無い。無意識の行動に出ただけの行動だ。シッポを始点に遠心力が働き、力のモーメントが外に向かってグングンと上昇してくる。
俺は手首に力を込めて、更に回転を上げた。手首だけでは物足りなくなってきた。腕もついでに回してしまえ。 エエィィィイ、フル回転じゃ————。
何十回目かの回転で力の解放を感じた———。どりゃぁ————!
【——ブチッ……!】
『——ウギャッ————!』
ナニカが切れる音とヤツの悲鳴が同時に聞こえた。そしてヤツは壁にぶつかる様に飛んでいった。思いっきり身体を壁に当てると、俺が飼っているハムスターの檻の上に落ちて倒れてしまった。良く見ると白目をむいて
「へっ? なんなんだ? こいつは⁉——。拍子抜けたんですけど、なはっ……ははっ……変なヤツ」
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