おまけ スピンオフ

僕の手紙&憑きもどり スピンオフ




タイトル

『ふざけんな。』



「――あっ」


 高い金物音を立てて百円玉が床に転がった。それを慌てて目で追う。


「……あ~あ」


 その百円玉、昔話のおむすびの様に転がると、正面にある自動販売機の下に入っていった。

 これは残念。手持ちは百円のみ。しかも車椅子に乗る自分は、自動販売機の下に手を伸ばし取ることはできない。悔しいが、諦めるしかない。


(……仕方がない、か)


 冬美は溜息をつき、そう思った。


 その時、冬美が座る車椅子の横で屈む人間がいた。

 その人の手は、自動販売機の下に伸びていて、そこから手が引き抜かれた時にはしっかりと親指と人差し指で小銭を挟んでいた。


「今、お金、諦めようとしたでしょ? 駄目だよ~」


 同じ歳頃に見える女性はそう言いながらニコリと笑い、十円玉を差し出してきた。


 一方、冬美は手を出せなかった。


「あ、あの……」


 これには相手も首を捻る。


「遠慮しないで、自分のでしょ?」


「……あの。落としたの、百円……なんです」


 相手も善意で拾ってくれたのだから、冬美は恐る恐る言った。


「……ん?」


 相手は一瞬不思議な顔をしたが悟った様子だった。誰かべつの人が落とした十円玉を拾ったらしい。


「あ、まじっ?」


 その人は再び屈む。そして恥じらいも無く手を差し込んで探している。

 患者服だから、入院患者だ。あまり無理はさせたく無い。悪いのは自分なのだ。


「あの、私、大丈夫ですからっ」


 と女性に声を掛ける。


「だ~め」


 こちらも見ずに言った。そして「ただし、九割は私の取り分ね」と付け足した。


(……結局、十円?)


 それから三十秒ほどが過ぎて、女性が言った。


「あ~駄目だコレ。だいぶ遠くまで入っちゃってる」


「そうですか……」


「うん。アフリカよりも険しくて遠いね」


 女性は不思議なギャグを深刻な顔で言い立ち上がった。


「ありがとうございます。わざわざ」


 冬美は車椅子の上で頭を下げた。


「ううん、いいの。あとで看護師さんに頼んだほうがいいね」


 冬美は頷いてみせる。すると、


「で、何飲むの?」


 女性が財布を取り出して言った。


「え?」


「落ちたほうの百円は私が貰うからさ」


 そう言いながら自動販売機に小銭を投入した。ボタンが赤く光る。


「そんな。私、そんなつもりじゃ」


「えーっと、君、高校生?」


「あ、はい。高校一年です」


「そう。じゃあ二年の私が先輩だね。後輩にはご馳走しなきゃ」


「………」


 本当に、この病院では心の綺麗な人と出会える。冬美はつくづくそう思う。


「……それじゃあ」


 頭を下げてからリンゴジュ-スのボタンを押し込む。女性はそれを掴むと冬美に手渡す。冬美はもう一度頭をさげた。


「あのさ、私さ、退屈してるんだ」


 ぐっと背伸びをして彼女は言った。


「退屈?」


「うん。だからさ、話し相手になってくれない?」


 こう言って手を合わせる。


「ああ、はいっ。じつは、私も退屈ですから」


 照れ笑いをしながら頷いた。冬美にとっても願ったりな展開だ。仲良くなれればこの上ない。


「良かった~、これで時間が潰せる。まったくする事ないんだもん。早く退院させてくれたらいいのに」


 そう言いながら窓際に歩き、パイプ椅子に腰掛けた。

 それにしても、人見知りと言う言葉など知らないタイプの人間だろう。こちらまで以前から知っていた風にさえ思える自然体だ。


「お名前は?」


女性に聞かれる。


「あ、私、北川冬美ですっ」


「冬美かあ、可愛い名前。私は岸倉三穂ね」


「三穂さんですか。はじめまして」


 互いに笑い合う。やはり歳が近いと心地が良い。本当に有り難い出会いだ。


「三穂さんは、いつから?」


「もう二ヶ月になるよ。ま、ちょっとした怪我で入院してたんだけどさ、今はこの通り元気」


 入院期間が二ヶ月の時点で、ちょっとした怪我、でない事は明白だが、冬美は聞こうとは思わなかった。言いたくない事もある。


「冬美ちゃんは? 長いの?」


「私は~……えーっと、私も同じくらいです」


「そか。早く退院、出来たらいいね」


「……はい。三穂さんも」


「まぁ私は退院、明日だからさ」


「ええーっ」


 つい音量が上がった。せっかく歳の近い友達ができると思ったのに……と、冬美は肩を落とす。


「もっと早く会えれば良かったねえ」


 と三穂が言う。本当にそうだ。


「まぁ、私が歩けるようになったのは二日前だから仕方ないか。じつは今も絶対安静だから、病室を出ちゃいけないしね」


 彼女はそんなことを平然と言った。


「え? だ、大丈夫なんですか?」


「いいの。正直少し痛いんだけど、こうやって元気に見せとけば、退院、早くなるから」


 三穂の反対の手は腹部を摩っていた。そして少し淋しそうな目をして、窓の外を見ていた。


「退院を急ぐ理由が、あるんですか?」


 冬美は疑問に思って聞いた。


「お墓参り、したいんだ」


「お墓参り?」


「クラスメイトの……」


「お亡くなりに……なったんですか?」


「うん」


「……いつ、ですか?」


「先月」


「………」


「自殺だった」


「……そうだったんですか」


「一日でも早く退院して、お墓行って、ふざけんな……って言ってやらないと」


「………」


 冬美も一緒に窓の外を見つめた。

 空は少し、緋色を帯び始めていた。


「私も、死んじゃおっかなあ……」


 三穂がぽつりと言った。


「え?」


 冬美は三穂の顔を見た。視線の先は相変わらず空だった。


「それくらい、私には必要な人だったんだ……」


「――駄目ですっ!!」


 冬美は大きく首を振って言った。最近で一番、大きな声だった。


「死んだら駄目っ! 生きなきゃ駄目っ!」


「え……冬美ちゃん?」


「生きてるって、ただそれだけで凄いことなんです。明日が来ることは当たり前じゃないんです。だから三穂さんは……ふざけんな……って、生きてる三穂さんで言ってあげて下さい」


「……うん。そだね。だよね。死んだら私も、ふざけんな……だもんね」


 潤んだ瞳を隠すようにまた空に視線を流した。


「どれくらい大きな声で叫んだら、天国まで声が届くかな?」


 三穂が言った。潤んだ瞳に緋色があった。冬美が外を見ると、夕日が見えた。

 それを見つめて冬美は言った。


「手紙を書いて下さい」


「手紙?」


「はい。手紙を書いて、その紙で、ヒコ-キを作って……高い所から、あの場所へ」


 緋色を指をさす。


「……なるほど、いいかも」


 三穂は呟いた。口元は笑っていた。



                              - 完 -




本作は、カクヨム掲載中の「僕の手紙」シリーズと、映画化された私の小説「憑きもどり」のコラボ・スピンオフとなっています。

興味がある方は、読んでみてくださいね。


























































三穂「それ、セーカイです」

冬美「セーカイです♪」


沙織「それ言えばいいと思ってるでしょ!」














































































クミ「……セーカイです♪」

沙織「だれっ!」

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僕の手紙 ~この夕日まで~ ウニ軍艦 @meirieiji

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