夢を叶える男【第4話 記憶】

カンダミライ

第4話 記憶

 カフェの入口の自動ドアを通過すると、窓際の席に座ってパソコンの画面を眺めていた四宮さんは、わざわざ立ち上がってこちらに深くお辞儀をしてくれた。僕も素直にそれに応じる。僕は席に座り、コーヒーを注文したところで四宮さんが話を切り出した。


 「まずは木嶋様に謝罪しなければならないことがございます。先日のカウンセリングの結果をもとに、弊社で探偵を雇いまして、お母様の行方を捜索させて頂きました。もちろん費用は弊社が持ちます。木嶋様の同意もなく、勝手な真似を致しまして、申し訳ございません。」


 「え、母の行方って…。そんな勝手に。あの人はまだ小さい僕を置いて出ていったんですよ。しかも浮気相手なんかと。」


 「存じ上げております。ご無礼をお許し下さい。今回調査致しましたのは、お母様の行方と、なぜ当時お母様が幼い木嶋様を置いて出ていかれたのか、ということです。」


 「ちゃんと理由があるっていうんですか?そんなのあったところで、僕が母を許すことはないし、今更蒸し返されたくもないのですが。」


 「お気持ちはごもっともです。これは調査報告書になります。」僕は数秒躊躇したが報告書を受け取った。なおも四宮さんは続ける。


 「非常に申し上げにくいのですが、この報告書によりますと、当時お母様は木嶋様のお父様から日常的に暴力を受けていたそうです。そのためお母様は通常の精神状態ではなく、見兼ねたお母様の職場の同僚の方がお母様を保護された、とのことです。


 同僚の男性は当時、奥様を亡くしたばかりで、2人のお子さんを一人で育てていらしたそうです。お母様は当時、夫からの暴力や木嶋様のことも彼に相談されていて、恐らく彼はお母様のことが放っておけなかったのでしょう。お母様は彼と一緒に木嶋様を育てたかったが、心身ともにとても育てられるような状態ではなかったため、やむを得ず木嶋様をお父様の元に残されたそうです。お父様は木嶋様には決して暴力をふるわなかったからと。当時の衰弱した精神状態のなかで、お母様はそのような判断をされたとのことです。」


 ずっと閉じられたままで開けようともしなかった記憶の扉をこじ開ける。それは錆びついていたが、うっすらと記憶が蘇る。家族3人で暮らした畳の6畳間。自分にはとても優しい父。大好きだった戦隊ヒーローに変身して母を叩く父。遊びだと思っていた。母は笑っていたから。だから母が出ていったのは母の都合だと思っていた。いや、父が僕かそう思うよう操作していたのかもしれない。


 女というものは、こちらがどんなに愛していて、向こうも愛情を持っていたとしても、いざとなれば簡単に裏切るものだと思っていた。それはある種、女という性に対する諦めだった。

 

 何も言わない僕を促すでもなく、四宮さんは続ける。


 「突然のことですし、なかなかお気持ちの整理がつかないことかと思います。ですが、お母様は木嶋様を愛していた。これだけは紛れもない事実だと。成長した息子に一目会いたいが、自分にはそんな権利も資格もないから…と寂しそうにそうお話されていたと報告を受けております。」


 「そうですか。正直まだ動揺しています。でも、いずれ気持ちの整理がついたら、一度会ってみようかと思います。」


 「はい。きっと喜ばれるかと思います。」


 四宮さんから母の住所と連絡先を教えてもらい、僕は喫茶店を後にした。記憶の中に母との思い出を探した。不思議と今までは忘れていた幸せな思い出がいくつも顔を出してくる。父は3年前に他界しているため、もはや問い詰めて事実を確認することはできないが、そんなことはもうどうでもよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢を叶える男【第4話 記憶】 カンダミライ @hygo4115

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ