実像の証明Ⅴ
Ⅲ
僕達は食事を終えた。コーヒーをもう一杯飲みたいとミナマに伝え、もう少しここにいることにした。
「ミナマさんの仕事は普段からこういった内容?」
「こういった、とは?」
「つまり、危険な仕事なのかな、と思って。」
「そうですね。割合的に危険は多いと思います。例えば、本国に影響のあるテロ組織を対処する事もあります。」
対処という言葉がどのような意味を指すのか分からないけれど、やはり危険な職業についているらしい。
「そうなんですね。今は武器を所持している?そんな風には見えないから好奇心で聞くのだけれど。」
すると、ミナマは腰を上げ僕の横に立ち、スラックスの裾を上げる。足の付け根あたりに拳銃が固定されていた。
「ジャケットの胸ポケットと右の腰に一丁ずつ装備しています。」
「着痩せするタイプなんですね。」
ミナマは微笑んだ。どうやら僕のジョークが伝わったらしい。
「命の危険はないんですか?想像ですが、銃で撃たれたり、爆発に巻き込まれたりとか。」
「何度かありますが、マスキングしているので大丈夫です。」
「マスキング?痛覚を遮断しているという事?」
ミナマは頷いた。
「それに腕が吹き飛ぼうが、肺に穴が開こうが今の医療では簡単に再生可能ですから。」
食事の最中に聞かなくて良かった。食べ合わせとしては最悪だ。
「即死さえ避ければ安全な職業ですよ。」
「即死の可能性がある時点で十分、危険な職場だと思うよ。
僕は二杯目のコーヒーを飲み終えたので、マグカップを返却口に戻すために席を立った。
戻るとミナマは左手で頬杖をついていた。口元が動いていたので、どこかとやり取りをしていたのだろう。内容までは聞こえなかった。左手はそういう仕様なのかもしれない。そうでなければ、しばらくの間、ずっと独り言を呟いていた事になる。もしそうなら少し怖いな、と思った。
「上司と連絡を取っていました。」ミナマは僕に気がつくとそう言った。
「小型の通信機器?それともその左手で?」
「後者です。内臓型を移植しています。アサさんもそうではなくて?」
ミナマが手のひらを見せてくれた。平面のホログラムが手のひらの上に浮かんでいる。このホログラムをタッチして操作するのだろう。
「僕は前者も後者も持っていません。連絡を取る友人もいないしね。それに、その手の施術は最低限と決めているんです。例えば鼓膜にアラームを入れています。」
ミナマは口を開けて驚いた。手まで添えている。そんな表情もするんだな、と少し感心した。
「…必要ですか、それ。」
「朝は本当に弱くて。この後はどうしますか?」
ミナマは唇に人差し指を添える。
「え?何かついてますか?」
「いえ、少し考えていました。レディーにお会いしたいと思いますが、よろしいでしょうか。」
「一応、イグサに聞いた方がいいかも。」
ミナマがイグサに確認すると、少し待って欲しいとの事で、向こうから改めて連絡がもらえることになった。仕方がないので、僕達はしばらく食堂にいることにした。ミナマはコーヒーをお代わりし、僕は水を飲む事にした。
しばらく沈黙が流れた。僕はこの手の沈黙は苦手ではない。ミナマも同じようだった。
「私、人工知能には疎いのですが、今の技術では人工知能はつくれないというのは事実ですか?」
突然質問されたので、僕は油断していた。とくに何も考えずに遠くを眺めていた。これは僕の癖だ。趣味と言ってもいい。
「え?あ、はい。不可能です。人工知能というのは百年前の遺物と言われています。六十年程前にアメリカで初めて発見されました。国内で発見されたのは五十年前。僕が生まれた頃ですね。」
「しかし百年前には作れたのに、なぜ今は不可能なんでしょうか。」
ミナマは一口もコーヒーを飲んでいない。コーヒーが冷めてしまうな、と思った。
「恥ずかしながら、現代の研究者や技術者のスキル不足が原因です。人工知能について深く究明できていないのです。大昔には天才的な個人、あるいは集団が存在してたのでしょう。」僕は頭を掻いて答えた。「ロボットは今の技術でも生産は可能です。けれどAI機能については別。国内のAI機能は全てレディーがプログラムしています。ガワのデザインは人の手によるものです。コーヒー冷めますよ?」
ミナマはコーヒーをひと口飲むと、人差し指を唇に添えると沈黙した。僕はサインを覚えた。これはいいな、と感じた。
「その人工知能がなぜ遺物となったのでしょうか。今から百年前と言うと…。そうか。」ミナマの瞼が大きく開いた。学識がある人だ。僕は思わず笑みがこぼれる。
「第三次世界大戦ですね。」
「その通りです。端的に言えば、人類の文明は半壊し、人工知能はその瓦礫に埋もれたと言う訳です。人工知能を所有している各国はその在処を秘匿していましたから、自然的に埋蔵されてしまった、という訳です。」
「なるほど。」ミナマが頷いた。「ところで局から指示を受けた際に報告書に目を通したのですが。」
僕は頷いて、話の先を促した。
「第三層、第二層というのは何を指すのでしょうか。」
「それはつまり、レディーのネットワークの事を指します。」
「下に下がる程セキュリティレベルが高いということですか?」
僕は首を横に振る。
「半分は合っています。下ではなく内、ですね。レディーのネットワーク構造は球体を成しているんです。」
「その中心の核があの赤い球体であり、レディー本体ということですか?」
「本体というのは少し違うかな。メインセットであり、サブセットと言った感じです。」
ミナマは首を傾げた。
「部分集合はご存知ですか?」
「単語としては。内容はうろ覚えです。数学は弱くて。」
「集合Aが集合Bの部分集合であると言うことは、AがBの一部、もしくは全部の要素だけからなることを言います。」
ミナマは腕組み、空を仰いでいる。僕の言葉を図として頭に浮かべているのだろう。
「AがBの一部分であるという意味で部分集合といいます。二つの集合の一方が他方の部分集合であるとき、この二つの集合の間に包含関係がありますよね。レディーはその双方なんです。つまりAでもあり、Bでもあるという事。」
ミナマは人差し指を唇に当てて、目を閉じた。しばらく指で唇を何度も叩きながら唸ると、目をパッと開いた。
「なるほど。分かりました。そういう事か…。しかし仮に赤い球体をBとした場合、Bが失われたらAも失われるのでは?」
「いえ、Aは残ります。逆も然り、です。」
「うーん。やはりよく分からないですね。」
「分かりやすく説明すると…。」
「いえ、ありがとうございます。」
ミナマは僕の話を遮って礼を言うと僕に頭を下げる。「大変興味深いお話でした。」
そう言うと、残りのコーヒーを飲み干し、ミナマはマグカップをテーブルに置いた。
その瞬間。
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