実像の証明Ⅳ

 僕とミナマは部屋を出た。出たというよりも追い出されたというのが正しい。イグサはこれから本社へこの件について連絡をしたいから、二人は席を外すように僕達に言った。

「お食事はとられましたか?」

部屋を出るとミナマが僕に聞いてきた。

「いえ、まだです。」

 腕時計を見ると、既に午後の二時を回っていた。空腹感はあるけれど、昼食をとる気分ではなかった。これは厄介な指示を受けて気が滅入っているからではなく、単に僕の特性だ。食に対する無関心を通り超して、食事という行為そのものが億劫に感じる。人間も植物と同じように光合成ができればいいのに。

「あなたは?」

「私もまだです。」

「オフィスはご覧の通り、レディー以外にあなたの興味を惹くようなものはないと思います。」

 本来でれば自社がどういった企業活動を行なっているのかだとか、そういった説明を交えながら社内を案内すべきなのだろう。けれど、防衛局ミナマはお客様であって、クライアントお客様ではないから、その必要はないはずだ。そもそもウィンターミュートにその手のが訪ねてくる事など滅多にない。

 ミナマはオフィス内を見渡す。まるでパノラマ写真でも撮影しているかのように、ゆっくりと視線を右から左へと移動させた。

「そうですね。それにしても全体的に白いですね、殺風景を絵に描いたようです。」

素直な人だ。けれど、こういう物言いをする人は嫌いではない。こちらも気を遣う必要がない気がするからだ。

 僕はミナマを下のフロアへ連れて行くことにした。オフィスの下は職員食堂と休憩室になっている。丁度いいので食事を摂ることにした。

 昼時を過ぎていることもあって、食堂には僕とミナマ以外に利用者はいなかった。僕は日替わりランチを頼んだ。ミナマは随分迷ってオムライスに決めた。

 二人で向かい合って座る。飲み物が無いことに気がついた。

「コーヒーでいいですか?」と聞くとミナマは頷く。我ながらなかなか気が利いている。

 コーヒーを取って戻ると、ミナマは料理には手をつけずに待っていた。冷めてしまうから食べていればいいのにと思ったけれど、これが常識的なのだろう。僕なら気にせず食べてしまうけれど。

「ありがとうございます。アサ博士はここではどのような仕事をしているのですか?」ミナマはコーヒーを受け取ると、質問してきた。

「人工知能の演算処理を波形に変換し、人間の脳波を比較しています。仕事というよりは研究ですね。」

僕が料理に手をつけると、ミナマはスプーンを手にした。律儀な人だ。

「研究が仕事なのでは?比較してどうするんでしょうか。」

「人工知能とは文字通り、人の手によって作られた、人間の思考回路を模倣した機械です。」

ミナマは頷く。

「しかし、人間は自分達の思考を完全には再現できない。例えばふと思いに耽ったり、空論や妄想したりしますよね。そういった行為から突然生まれる思考があります。今までの経験や現状に関連していない考えが突発的に浮かんだりね。」

「それは分かります。経験がありますし。」

物思いに耽ることや妄想するような人には見えないから、思わず笑いそうになった。真面目でお堅そうな人だと思っていたけれど、第一印象とはそんなものか。

 対面してものの二秒で第一印象は決まり、その印象が覆るまで二時間も要するらしい。僕の場合、大抵マイナスのイメージを持たれることが多いし、プラスに転じる事は少ない。

「僕はしょっちゅうです。けれど、人工知能にはそれがない。人工知能からしてみれば、そういった思考は無駄でしかありませんし、そもそも端的に言えば計算機なんです。妄想などの機能は備わってはいません。」

「ですが、人工知能は学び、進化しますよね。」

僕は手を止め、ミナマを見つめる。

「おっしゃる通り。人工知能は人との対話や交流、人を観察することでより人間に近づいていきます。僕は両者における近似値だったり、そのための必要要素、いわばトリガーが何なのかを探っています。」

 今日の僕は随分よく喋る。普段人と最低限しか関わらないし、接する人々も代わり映えしないから、初対面の相手との会話は新鮮味を感じる。

「ありがとうございます。理解しました。これは個人的な好奇心なのですが。」

「なんですか?」

「人工知能は人を超えると思いますか?」

僕は首を横に振る。

「個人的にはノーだと考えています。大昔には人工知能は人を超えるだとか、技術的特異点だとかそういった話題で盛り上がっていたようですが、その予言は外れました。人工知能は神にも支配者にもならない。人類の共存者なんです。」

「では、人工知能は人になりますか?」

「それもノーです。しかし。」僕はコーヒーを口に含む。

「しかし?」

「その逆はあるかもしれませんね。」

「逆、ですか?」ミナマが首を傾げる。

「人間が肉体を捨てる未来がすぐそこまで来ている、ということです。」

今日の僕は本当によく喋る。自然と笑みが溢れた。会話を楽しんでいるのだなと自覚した。

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