日本国首相!田原総一朗の演説

月乃兎姫

第1話

「僕はね、1945年8月15日の終戦した日に実は一度死んでるんですよ」


 そう徐に語り口調を始めた彼の言葉に国会に居る人々は皆、既に静まり返っていた。今日この場にて彼は日本国首相として選ばれ、そして所信表明演説として立つ場であった。


 その彼、今年88歳になったばかりの田原総一朗たはらそういちろうは言葉一つ、ただそう述べるだけでこの場に集まる人々を黙らせるだけの饒舌じょうぜつさとともに、雄弁ゆうべんさまでも巧みに披露する。


 しかし、それは他者から見た彼の一面でしかない。本当の彼はとても口下手である。それでもこれまで積み上げてきた人生経験や築き上げた思想論、また自ら置かれた立場が彼を新たな人物へと作り上げていた。


【人が立場を作るのではなく、立場が人を作り上げる】


 今まさに、彼は日本国の、また一国の首相として壇上に立っていた。

 

「世の中に絶対なんてない。偉い人の言葉なんかを信じちゃいけない。だからここに居る議員さんも、カメラを通して見ている多くの国民も、僕の言葉を信じちゃいけない」


 一見すると自らの立場と矛盾する言葉であるが、それは彼なりの人生論の一つだった。自らを律するため、また過去の自分と決別するため、その言葉を用いたのである。当然、議員席に座る多くの議員からバッシングの言葉が浴びせられる。


 何故ならそれは一国の首相として、決して口にしてはならない言葉だからだ。


 首相自らおのが言葉を否定する。

 それは本来あってはならないことであった。


 一国の、それも経済大国という過去の遺産、まやかし・・・・が築き上げた国においてのそれは、自国の歴史をも否定することと同義である。


「じゃあ、何を信じればいいのか? 神ですか? キリストですか? あるいはどこかの事業家ですか? いいや、そうじゃない。思想や考え方なんてものは、その時代時代で、いくらでも変わるものなんですよ。むしろ変わらなければいけないと、私は考えているくらいですよ。

 何かを信じる信じないってのは、当たり前のことですし、皆さん誰でもしていることです。そうでしょ?」


 総一朗はそう語りかけるように、誰の目にも分かり易い手振りを交えながら言葉を口にする。


「僕だって最初は偉い人の言葉を信じてましたよ。でもね、あの終戦で何もかもが変わっちゃたんですよ。だってそうでしょ、それまで言ってきたことが次の日にはクルッと180度変わるんですもの。そんなものを信じろって方がおかしいですよ」


 戦争を実際に体験したことがあり、また特攻隊員として志し死をも覚悟していた彼の言葉には飾らない重みがそこにはあった。

 また先に述べた、『一度死んでいる』といった言葉にも繋がり、誰もが息を呑むほかない。


「原発だって最初、僕は否定派でしたよ。だってチェルノブイリや福島原発のような事故があったら大惨事で取り返しがつかない。でも、それとは別に現実問題として、電気は必要でしょ?

 機械を動かす、パソコンを動かす、カメラを動かす、こうしてテレビに映るのにも使う。すべて電気がなけりゃ、成り立たない。経済国家として国の経済が回らない。だから将来的には全部廃炉にすべきって思いと、現状を維持すべきって思いが交差して、結局はなし崩し的に容認するしかなかったんですよ。

 専門家の先生の立場からしてみれば、僕が述べた言葉なんか、矛盾ちゃ矛盾に見えるかもしれませんがね、それでも現実を考えれば妥当なところでしょ」


 総一朗は過去の自分の思想と今現在保っている思想とを論じ比べ、話の引き合いに出した。


 これが総一朗の話術の肝である。


 まず自らの思想を述べ、理論を述べ、そして大衆が理解しやすい言葉と理屈を述べる。でなければ、話としての整合性が保てないことを知っているからだ。これまでジャーナリストや評論家、数多くの職業を生業にしてきた老練ろうれんさが際立つ弁から見え隠れする。


 口下手であるが故に、自ら先んじて論じることで相手の言葉を説き伏せる。そこには一定の矛盾と有無を言わさない許諾が同居していた。


 これは言わば、答えなき答えと同時に矛盾を矛盾として解いた、弁と論としての処世術なのだ。これが数学でない以上、誰も正確な解を導くことなんてできやしない。

 何故なら未来こそが解であり、また誰にとっても予測不能だからである。どんな天才であれ、歴史に名を遺す偉人であれ、正確な答えを導くのは不可能である。

 あるのはただ、『そうである』と思い込み信じる妥協のみ。紡ぐのは言葉であるが、歴史は過去でしか紡ぐことができない矛盾と相違なかった。


「国際世論だって、アメリカとかだって言ってることと、やってることがまったく違う。それが世事であり、政治ってものですよ。でもね、そこにはドラマがなくちゃ~、なにも始まらない。逆をいえば、ドラマさえあれば、後からどうとでもできる。それこそが政治家として、国を治める一国の首相としての役割だって、僕は考えてますよ。

 人工衛星みたいにね、ちょいとばかしエンジン吹かせば軌道修正できる――これが本来、政治の役割なんです。よく政治家はエンジンを円滑に動かすための潤滑剤って言われてますがね、それは裏で暗躍する官僚が隠れてるだけ。それじゃあ、日本の未来が良くなるなんてことはないですよ。

 表に、政治家こそ一歩前に出て、表で活躍してその姿を広く国民に見せねば、国なんて良くなるはずありません! 国民が安心して付いてくる、それこそが我々老いた大人たちが描くべき未来じゃありませんか!!」


 国を思い、これからの日本の未来を背負う子供たちの行く末を想い、次第に演説に熱がこもった総一朗は、力を誇示するかのように演台を強く握られた拳で二度ほど叩いてしまう。


 これも所信表明演説のパフォーマンスの一つであったが、それでも思いと言葉だけが彼を突き動かす。既にジャーナリストとして、また評論家などの弁はどこかへと消え去っている。


 論は弁を負かし、弁もまた論を負かす。


 そこに居るのは、首相としてあるべき姿の田原総一朗だけだった。

 立場としての田原総一朗は、この場に立ったその瞬間から首相になってしまっていたのだ。


 彼が嫌う、偉い人の立場と言葉によって――

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