僕の推しが引退なんかするわけ無くて僕は生涯推し活を続けるし推しで在り続ける

閑人

僕の推しが引退なんかするわけ無くて僕は生涯推し活を続けるし推しで在り続ける

『応援してくださる皆様へ。体調不良が続き、数ヶ月のお休みを頂いておりましたが、回復の見込みがつかず、再び活動をすることが非常に困難になりました。つきましては、大変悩み抜いた結果でありますが、愛沼エヴァはVtuberとしての活動を引退することといたしました。』

 


 ◇◇◇◇

 


 バイトが終わって、ようやくスマホを見ることができた僕は心が踊った。凄く久しぶりに通知が来ていたからだ。急いでTwitterを確認する。数ヶ月、正確には4ヶ月と16日ぶりか。僕の推し、愛沼エヴァちゃんがツイートしたという通知だった。

 

「え……。」

 

 ガシャン……。という音が更衣室に響いた。

 僕はいつの間にかスマホを取り落としていたようだ。手が震える。指先に力が入らない。目の前が真っ暗になって、立っていられなくなる。

 しゃがみ込んだ僕は、何かの間違いだと思い、もう一度スマホを確認する。落としてしまったスマホは画面に大きくヒビが入っていた。そんなことはどうでもいい。僕はエヴァちゃんのツイートを確認する。

 

「引退……?」

 

 僕が見たのはどうやら間違いでは無かったようだ。悲しいことに。


 

 ◇◇◇◇


 

 気がついたら自分のベッドに寝ていた。どうやって帰ってきたのか全く記憶にない。

 

「あぁ……。」

 

 昨日の嫌な記憶は夢だったのではないか。そう思ってスマホを探す。定位置である枕元には無い。重たげな体をゆっくり起こして、キョロキョロと辺りを見回すと、テーブルの下に落ちているのを見つけることができた。

 

「……っ!……、はぁ……。」

 

 拾い上げたスマホの画面はバリバリにヒビが入っていた 。それだけで、昨日の出来事が夢ではないことを確信してしまう。Twitterのアイコンを押す勇気が出ず、しばし逡巡する。

 意を決してTwitterを開く。TLはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 

「はぁ……、はぁ……。」

 

 TLを遡っていく。悲しみのツイートをしてる奴。とうの昔に鞍替えをして、エヴァちゃんの引退に触れもしない奴。根拠の無い考察を真に受けてお気持ち表明している奴。etc……。

 

 最後に愛沼エヴァちゃんのツイートを確認してから、僕はスマホを放り投げた。本当は壁に叩きつけてやりたかったが、理性が働き、ベッドに放り投げるに留めておく。

 

「あぁ……。」

 

 言葉にならない。何を言えばいいのか分からなくて、ツイートも出来なかった。

 


 ◇◇◇◇


 

 愛沼エヴァの引退表明から2週間が経った。僕は大学にもバイトにも行かず、エヴァちゃんのアーカイブを見続けていた。

 

『あぁー!また死んだぁ……。なんなのもぉー!』

 

 PC画面の右下でぴょこぴょこ動くエヴァちゃん。少し高めで甘ったるい声がヘッドホンを通して脳内に響く。

 

『そういえばぁ、みんなからのスパチャで、今日からマイクを新しくしたんだけどぉ……。エヴァの声、今までより可愛く聞こえてるでしょぉー♡』

 

『今日はぁ……、初めてカラオケ配信をしまぁす♡』

 

 そうだ、このカラオケ配信をきっかけに、エヴァちゃんのチャンネル登録者数が爆上がりしたんだった。アカペラなのにめちゃくちゃ上手くて……、メロディが聞こえてくるみたいで……。

 

「うぅ……、ふぐっ……。」

 

 涙が止まらない。エヴァちゃんのチャンネル開設から約2年半。ずっと追いかけて来た。最初は伸びなかった登録者数も、最終的には10万人を超えた。

 星の数ほどいるVtuberの中に埋もれないように、必死になって推してきた。1万人ごとにお祝いをして、バイト代を全部注ぎ込んだ。エヴァちゃんの配信に凸したくて、最新のゲーム機も揃えた。

 個人勢であるエヴァちゃんを応援するために、グッズを作ったこともある。使い慣れないPhotoshopを使って、徹夜して缶バッジを作った。

 エヴァちゃんを推してきた思い出が走馬燈のように浮かんでは消えていく。

 

「なんで……。なんで……。」

 

 エヴァちゃんがお休みを取るきっかけとなったのは、とあるコラボが原因だった。登録者数12万人を超えた記念として、とある企業組のVtuberとゲーム実況をした。その配信の中で、エヴァちゃんが媚びているだとか取り入ろうとしているだとか根も葉もないイチャモンを付け出した。こともあろうに、エヴァちゃんのファンを自称する奴らがだ。

 

 結果、そのコラボ以降、エヴァちゃんの配信は荒れに荒れてしまった。登録者数が増えたことでアンチも増えてしまったのだろう。コラボによって裏切られたと感じた人もいたのかもしれない。ファンによる自治には限界があった。

 結局、エヴァちゃんは少しの休暇を取ることとした。活動開始から1年と10ヶ月と少し。2周年を間近に控えての出来事だった。

 


 ◇◇◇◇

 


 数ヶ月後、少しずつだが、以前の生活を取り戻してきた。とは言っても、長期間の無断欠勤により、バイトはクビになり、今では大学とアパートを往復する日々だ。

 

「はぁ……。エヴァちゃん以外を見る気にもならないし。このアカウントも消そうかな……。……ん?」

 

 ベッドでゴロゴロしながらTwitterを巡回していると、とあるツイートが目に入った。

 

『聞き覚えのある声だと思ったら、やっぱりそうだった!推していきます。』

 

 この人は最初期からエヴァ推しを続けていた古参ファンの人だったはず。この人のツイートを少し遡ると、RTされた1つのツイートに行きついた。そのツイートにはYouTubeのとある動画がリンクされていた。

 

『初めましてー。みんなぁー、お待たせしましたー。YouTuberのぬえもえでぇす。』

 

 エヴァちゃんっぽさがある。話し方こそ微妙に違うが、声が非常に似通っている気がする。

 僕はアップされている動画を一通り見て、確信した。ぬえもえは、愛沼エヴァの「中の人」だ。

 

「なんで……。エヴァちゃんで炎上したから……?それでさっさとYouTuberに転向した……、ってわけか……。」

 

 

 正直な話。腸が煮えくり返りそうだった。

 

 炎上したから。さっさと撤退して、違うキャラになって活動する。商法的には正しいのかもしれないが、愛沼エヴァを応援していた、推していた、愛していた、僕たちの、僕の気持ちはどうすればいい。

 

「あぁ……。こいつはエヴァちゃんじゃないや。こんなやり方をエヴァちゃんがするわけない。そうだ。」

 

 

「僕の推しが引退なんかするわけ無いじゃないか。」

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 少しだけ借金をして、ゲーミングPCを買った。

 高校の時に衝動買いしてしまい込んでいた板タブを引っ張り出してきた。初めてLive2Dを触った。

 

 マイクと音声ミキサーが届いた。ボイスチェンジャーを使った自分の声を録音、何度も聞き返して、理想の声に少しずつ、少しずつ近づけていく。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 いつの間にか数ヶ月が経っていた。TwitterのTLでは愛沼エヴァの話をする奴はもう居ない。愛沼エヴァのファンをやっていたフォロワー達は、新しいVtuberや、ぬえもえのファンをしているようだ。

 

『みんなのアイドル♡愛沼エヴァが戻ってきたよぉ!新しいアカウントでの初配信は〜、こちらっ!』

 

 新しく作ったアカウントで、意を決してツイートをする。もう戻れない。戻る気は無いが、心臓の鼓動がやけにうるさく感じる。

 

 Twitterやまとめサイトではエヴァちゃん復帰の話題で持ちきりだ。早速ぬえもえの配信に凸った奴もいるらしいが、ぬえもえは回答せず、配信は少し荒れてしまったようだ。

 

 そもそも、回答できるわけない。彼女は愛沼エヴァでは無いのだから。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 数日後、愛沼エヴァの配信日だ。

 新衣装に身を包んだ彼女は、Live2Dも一新され、引退前とは比べ物にならないほど、表情豊かでよく動くようになった。

 マイクやミキサーは前と同じものだ。何回も練習を重ねて、様々な環境で録音を行い、どこからどう聴いても彼女の声になるように、綿密に調整した。

 

 

「よし……。やるぞ……。」 

 

 

 愛沼エヴァは引退なんかしない。

 僕の推しは居なくなったりしない。

 

「みんなぁー、久しぶりぃ♡ 元気してたかなぁ?」

 

 僕はただ1人の推しをこれからもずっと推し続ける。僕の推し活は生涯ずっと続くのだ。

 

「心配かけたかなぁ……。ごめんねぇ。もう居なくなったりしないからぁ、安心して欲しいな♡」

 

 僕が僕の推しになれば……、それは最高の推し活じゃないか!僕は僕の推しを生涯推し続けるし推しで在り続ける!

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