夢を叶える男【第3話 変化】

カンダミライ

第3話 変化

 そしてサービス開始初日を迎えた。

 電話で指定された雑居ビルに入ると、そこにはエアロビの講師と名乗る男性と年齢構成はバラバラだが生徒とおぼしき人達が3〜4人程いて、専用の格好悪いユニフォームに着替えさせられた。ブームはとっくに去っていたので、今さらエアロビかよと思ったが、これが意外と、息も上がるし、全身の筋肉を使うため、終わったら足元に汗の染みができていて驚いた。


 エアロビは週に2回、仕事の都合を見て予定が組まれた。コンプレックスだった前歯については、親にもらった体に傷をつけるのは若干の抵抗があったため、ホワイトニングだけにした。


 また、以前に会社の女の子達が、男も肌に気を使うべきだと話していたのを思い出し、生まれて初めてメンズエステなるものに通ってみた。以前までは自分なんかが来ていい場所ではないと思っていたが、これがどうして、落ち着いた空間で、案外居心地がよかった。なんだかこの世界の住人として初めて認められたような気がして、ちょっぴり嬉しかった。


 実際にサービスの内容は事細かに設定されているのだが、一番驚いたのは食事だ。お昼以外の毎食、朝と夜は配達員が自宅まで出来立ての食事を届けてくれる。栄養バランスも考え抜かれた食事は味も文句なしで、僕の脂肪はみるみる筋肉へと変わり、開始から1ヶ月が経つ頃には体重マイナス5㎏と、社会人3年目の時とほぼ同じ体型を取り戻していた。



 そしてサービス開始から2ヵ月目に突入した。   その初日、指定されたのはとある大学の研究室だった。心理カウンセラーと名乗る白衣の女性の質問にひとつづつ答えていく。質問ごとに1枚ずつ、鎧が脱げていくように感じる。木嶋健人という人間が、少しずつ裸にされていく。


 今からおよそ30年前、母は幼い僕と父を置いて、浮気相手とどこかに消えてしまった。当時3歳の僕の記憶はほとんど無いに等しいが、父から聞いたのはそんな話だった。小学生のときは、父は仕事のため、父方の祖母がいつも参観日や運動会などの学校行事に参加してくれていた。子ども心に、どうして自分にはお母さんがいないんだろうと、周りと比べながらそのことをずっと不満に思って生きてきた。


 思い出そうとする意志すら忘れていた。過去を振り返って今更どうにかなるわけでもない。拒絶というほど冷たくはない。諦めというほど妥協してもいない。つまり当時の僕は母がいない日常に慣れたのだろう。女とはそういうものなのだと自分に言い聞かせたのだろう。だから果たしてこれをトラウマと表現してよいものなのか、僕にわからなかった。


 カウンセリングを受けてから1週間後、四宮さんから連絡が来た。大切な話があるというので、僕はいささか緊張した面持ちで指定された喫茶店へ向かった。

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