牡蠣と赤福の悲劇

一日6,000キロカロリーを摂取する私にとって、食べることはすなわち生きることを意味する。かといって、まったく食べない日が3日ほど続いても元気に生きているので、人間とは不思議な生き物だ。


とにかく「食べることこそ生き甲斐」の私でも、苦手な食べ物がある。


①牡蠣

②あんこ

③グリンピース


この3つがダメだ。





小学生の頃の話。朝食でなぜか「生牡蠣」が出た。レモンに漬けてあるようで、レモンの匂いと生牡蠣の生々しいニオイとが、食卓を不穏な空気に包んだ。


(普通に考えておかしいだろう、朝から生牡蠣を食べるなんて。しかも小学生に食べさせるなんて、普通ではありえないだろう)



「食べ終わるまで学校行っちゃだめだから」



――チッ、クソババァめ



母親にがっちりと脇を固められ、この生牡蠣がなくなるまで逃げることは不可能。タイムリミットは刻一刻と迫る。ポンキッキーズが始まった。遅刻が確定する。



――やるしかない



意を決した私は大声で、


「ごちそうさま!!」


と叫ぶと、生牡蠣を口の中へ流し込みそのまま庭へとダッシュした。



普通ならばここで、


「どうせ庭に吐き出したのだろう」


となる。しかしそんなもったいないことはしない。なぜなら食べ物は貴重だからだ。


私は当時飼っていたマリー(メス、雑種、8歳)の皿へ、口に含んでいた生牡蠣を吐き出した。マリーはビックリして後ろへ跳んだ。



「はい、あげる!高級らしいから早く食べてね!」



そう言うと速攻で室内へ戻り、学校へ行く準備をした。



学校から帰宅すると、母親がクソババァと化していた。


「今朝マリーに牡蠣食べさようとしたでしょ!!」


――なぜバレた



「犬が生の魚介類なんて、食べるわけないでしょ!全部残してあったわよ!」



――チッ。



マリーに罪はない。悪いのは、生牡蠣を出した母親だ。





たしか中学生の頃の話。とある日曜日、キッチンに何やら立派な紙袋が置いてある。中を覗くと、ピンク色の風呂敷に包まれたお菓子のような箱が見える。


開けても元に戻せるように、結び方やシワのつき方などを入念に確認しつつ、風呂敷包みを開けてみる。



「赤福」



――なんだろう?



箱の裏側を見ると、原材料などが記載されている。小豆、もち米、砂糖。覚えていないが、多分こんな感じだろう。


蓋を開けてみる。



・・・・。



あんこ地獄だ。見渡す限り、あんこの海(しかも波打っている)。



正義感の強い私はそのとき思った。


――餅を救出せねば


そして前代未聞の救出劇が始まった。備え付けのヘラでそっとあんこをどかし、美しい餅たちを救出し始めた。餅は丁寧に水洗いし、真っ白い状態にしてから口へと運ぶ。


――う、美味すぎる!


私は次々と餅を救出した。餅たちも嬉しそうに助けられていた。そして気がつくと、餅は0個になっていた。


――なんとなくやばいな


中学生ながらにとんでもないことをしでかした可能性を感じた。



(そもそもこんな高級そうなお菓子を、家族で食べるわけがない)


(そもそもあんこがキライな私に対して、わざわざ高級なあんこ菓子を買ってくる意味がない)


(となると来客用か?もしくはもらったのか?)



頭をフル回転させるも真実は不明。そうこうするうちに、部活の時間が迫ってきた。



――とりあえず、見た目だけでもきれいにしておこう



そう考えた私は、餅をほじくり出した穴を残りのあんこでキレイに埋めた。さらに表面も元通りに波打たせて、赤福もどきを作り上げた。



――我ながら芸術的だ



箱に蓋をし、風呂敷で包みなおし、新品未開封状態の赤福(もどき)が完成。最後に紙袋へそっと戻すと、私は部活へ出発した。



夕方、帰宅と同時に雷が落ちた。


「あんた!!!!!赤福食べたでしょ!!!!しかも餅だけ食べて、あんこ元通りにしたでしょ!!!!お客さんに出したら餅がないから、みんなで探したじゃないの!!!!」



――やっぱり来客用だったのか



客人の一人は、


「これは赤福に電話すべきだ!」


と怒り心頭に発した様子。しかしその瞬間。さすがは母親、ピンと来たらしい。


(餅だけが消えてあんこがきれいに残っている。こんな手の込んだ処理をするのは・・)


そこでとりあえずは客人らへ謝罪をし、別のお菓子で取り繕ったそう。



「せめて食べたなら、食べた痕跡残しなさい!!!」



――この注意の仕方よ



というわけで、そのくらいあんこがキライで餅が好きだ、ということが伝えたかった。





グリンピースに関しては、特段事件は起こしていないので思い入れもない。ただ食事でグリンピースが出ると、真っ先に殺意を持って排除する、というくらいか。


とくに天津飯の頂上とか、シュウマイの頂上とか、なぜグリンピースが陣取っているのか理解できない。どこにその必要性があるのか、見当もつかない。むしろそこは、ゴマとかコーヒー豆とかじゃダメなのか。





とにかく、牡蠣もあんこもグリンピースもダメ。ただそれだけの話。

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