第2話 ミートパイがミートボール

「どうして私が作るとこうなるんだろう……」

 オーブンから出した物体をバスケットに入れ、中が見えないようにナフキンをかけて家を出て、村の外の草原でたそがれていた。


「ふう」

 小さくため息をつき、大樹の下にあった座るのにちょうどいい切り株に腰を下ろす。風が吹くと葉がサラサラと音を立てて揺れ、物思いにふけるのにちょうどいい場所。最近、自己嫌悪に陥るとここに来るようになっていた。


 日差しは温かく、ピクニック日和である。

 でもお姉ちゃんたちに気づかれないように家を出てきた。


 ピクニックをしにきたわけではない。

 けれどこのバスケットは、ずっと昔、みんなでピクニックに行った時に使っていた。


 バスケットにランチを詰めて、いい感じの平らな場所を選び、パッチワークのマットを広げてそこでみんなで食べた。ブレンダお姉ちゃんはその頃から料理が上手で、リアムと私はお姉ちゃんが作ったサンドイッチを取り合った。


 ナフキンがかけてあるバスケットは、そんな頃の記憶が甦る。

 外見はあの時のバスケットと同じだけど、中身は……。


 やっぱり、私はお姉ちゃんたちとは血がつながってないんだ。

 だからこんな物ができたんだ……。


 バスケットを膝に乗せ、そっと中身を見る。

 あの日の美味しいサンドイッチが入っているわけではなく、ミートパイになるはずだった、茶色くはじけたような物体がごっそりと入っていた。


 そっとナフキンをその上にかけ直す。


 どうして私が作るとこの外見になる?

 前に作ったチョコマフィンもこの形になった。


 完全な球体ではなく、丸っぽい何か。

 丸いんだけど出っ張っているところもあって、でもその先も丸みを帯びている。はじけ飛んで飛び散りそうになったところで少しだけ引き戻されて、とがっていたところが丸くなった時に固体になったような形。


 材料、全然違うんだけど。

 肉とチョコじゃいろいろと違うはずなのに……。


 小麦か? 小麦を使ってオーブンで焼くと食物はこんなはじけた茶色になるのか? でも、ブレンダお姉ちゃんが作った食べ物がこの形状になったのを見たことはない。


 ブレンダお姉ちゃんと一緒に作ったクッキーは美味しくできた。形も型で抜いたままで、こんなにはじけ飛び散ってはいない。あれはブレンダお姉ちゃんが一緒に作ってくれたからで、私ひとりで作ればこんなものしかできないのかもしれない。


 お姉ちゃんは食事のプロだからそうならない方法を知ってるのか。クッキーの時はそれを教えてくれなかったのか、教えてくれていたのに私にはわからなかったのか。


 何が原因だったんだろう。

 今日はミランダお姉ちゃんがくれた怪しい木の実は入れていない。

 ブレンダお姉ちゃんのレシピ通りに作ったのに……。


 落ち込んでいると、ピィーという鳥の鳴き声が聞こえた。

「ピーちゃん?」


 空を見上げると、お姉ちゃんが飼っている大きな白い鳥が私の上で円を描いて飛んでいた。ピーちゃんはお姉ちゃんの言うことをよく聞く鳥だけど、私の言うことは聞かない。でも、最近はリアムと一緒に行動していることが多い。


 ピーちゃんから視線を下げると、草原に小さく人影が見えた。

 それが少しずつ近づいて来る。リアムであることはすぐにわかった。


 私が見ていることに気づいたのか、ピーちゃんがリアムの肩に降りる。その頃になると表情もわかって、『褒めて褒めて』という顔をしたピーちゃんがリアムの頬にすり寄っていた。ピーちゃんは驚くほどじゃれついている。 


 リアムはピーちゃんの頭をなでつつ、淡々とした表情で私の前まで来た。エルフとしては背が低いけど、人間の十六歳としては高め。でもバカ高いという感じではない。シュッとしてすっきりしててすかした感じ。


 本物のエルフは綺麗だけど、背が高くて近寄りがたい。リアムはそこまで背が高いわけじゃないから、ほんのちょっとだけ馴染みやすい感じがする。


 でも、ムッとしていると近寄りがたい。

 たいていその顔をしているから、知らない冒険者に魔族として攻撃されることもある。それなのに誤解を解こうともせずにバトルをはじめたりする。修行のためとか言ってバカじゃないのか。「手加減してるから大丈夫」とか意味わかんない。


 今日のリアムはふつうの格好をしていた。

 村人っぽい私服を着ている。


 エルフっぽい顔に、ふつうの村人のカッコ。違和感はあるけど、ミスティ村特産の服はめちゃめちゃ着心地が良い。一枚で暑い日も寒い日も大丈夫。ミスティ村の人はほとんどその服を着ている。


 服装は村人だけどリアムは顔が違う。カッコいいとか思ってないからね。一般常識から考えるとカッコいいってだけだから。私はそんなにカッコいいとか思ってない。見慣れちゃってるし。


 近くまで来たけど、なんとなく声をかけるのをためらった。

 リアムと話すときは、なんとなく一言目がかけづらい。


「失敗すると、いつもここに居るんだな」

 そう言って、リアムは私の隣に座った。


 小さな切り株だったから、リアムの体がくっついてきた。

 隣にぴったり来るのが嫌で、少し避けるとリアムはグイグイ座ってくる。


「ちょっとは遠慮しなさいよ」

「開けてくれたんだろ?」

 ずうずうしくリアムは言う。


「違うから」  

 そう言ったのに、リアムはどかない。

 それどころか、ポンポンと私の頭をなでる。


「何するわけ?」

 ちょっと、驚いた。驚いたけど、ふわっと温かい気持ちになった。


 この感じは何だろう。

 ちょっとだけ優しくなれそうな、そんな温かさがリアムが触れたところから感じた。


「ソレ、例のお菓子?」

 空気が読めない男は、じっとバスケットを見ながら言った。


「違うわよ」

 以前、リアムは私が作ったお菓子が美味しいと言った。


 外見はこれと同じだったんだけど、ミランダお姉ちゃんがくれた魔力が回復する木の実を入れたら魔力がなくなっている時に食べるととてつもなく美味しいお菓子になった。


 でも、魔力がなくなっていない時に食べるとクソ不味いチョコマフィンもどき。

 外見がそれと同じだった。


「違うの?」

 声のトーンは変わらないけど、がっかりしたような雰囲気を感じた。


 リアムはあのチョコマフィンもどきが好物だった。

 でも、目指してできる物でもない。ただの失敗作だから。


「あれはチョコでこれは肉だから」

「肉?」

 リアムは疑問符がたくさんついているような声を出した。


「食べたいって言ってたでしょ」

「肉って、もっと違う感じじゃないか?」

 リアムが言ってる『肉』が私の思っている肉とは違う気がしてきた。


「材料に肉が入ってるの」

「肉だけじゃないのか?」

 やっぱこいつ、高級な肉しか食ってなさそう……。


「庶民の食卓は肉だけ食べるわけにはいかないの。それ以外の食材で量を増やすのよ」

「へー」

 そう言って首を傾げる。

 なんかやっぱりこいつムカつく。


「食っていい?」

 単純に好奇心のような感じで言ってきたから、バスケットごとリアムに渡す。


「味見してないから、美味しくないと思うわよ」

「腹減ってるから大丈夫だよ」

 それもなんかムカつく。


 横目で見ていると、リアムはナフキンを取ってバスケットの中からあのはじけ飛ぶ直前のような茶色い物体をつまむ。


「相変わらずのいい感じの弾力」

 以前のチョコマフィンもどきと比べているんだろう。手に取るともにゅもにゅしている。それはこれも同じだった。


「食べるんなら早く食べなさいよ」

「うん」

 リアムが素直に口に入れる。


「あれ?」

 もぐもぐ噛みながら、リアムは不思議そうな顔をした。


「不味い?」

「いや、うまい」


「え?」

 こんなに不味そうな見かけで? こんな不味そうでしかも魔法の木の実が入っていないのに?


「前のお菓子のようなとろけるような味を想像してたんだけど、それはなかった」

 お姉ちゃんがくれた魔法の木の実が入っていると、魔法を使って魔力がなくなっていると口に入れた瞬間にふわっととろける。


「でも、ちゃんと肉の味がして、さらにそれが野菜の味で食べやすくなってる」

 リアムがそう言ったから、私もバスケットの中から茶色の物体をつまんで食べてみた。


「意外といけるかも」

 野菜と肉がいい感じにコラボレーションしていた。肉のこってり感が野菜で緩和されてさらにうま味があふれてくる。そしてたまにパイ感もあって、サクっとしつつもしっとりもしていた。


 ちょっと驚いた。チョコマフィンもどきは、魔法を使っていなくて魔力が減っていない時はクソ不味かった。こんなに不味くなるのかというくらいクソ不味かった。


 私はミートパイを作っていただけだから、魔法は使っていない。

 それなのに美味しいということは、もしかしてこれは美味しくできていたのか? こんな外見で。


「これ、いくらでも食えるぞ」

 リアムはパクパク食べていた。


「魔法とか関係なくうまいのかもしれない」

「なんか引っ掛かる言い方……」


「ちゃんとブレンダの食事と同じ味がするから」

「え?」


「前の菓子はブレンダの味付けとは全く違ってたんだけど、こっちは外見は似ても似つかないけど、食べてみるとブレンダと同じ味付けだよ」

 私がお姉ちゃんと同じ味の食べ物を作った?


「お姉ちゃんのレシピ使ったし……」

「レシピ通りでも、そういう味にならないことが多い。でも、ブレンダの味だよ、コレ」


「毎日お姉ちゃんの食事、とってるし」

 ちょっと恥ずかしい。


「うん。うまいうまい」

 リアムは美味しそうに食べていた。

 すっげー食べてる。もりもり食べてる。


「お誕生日、おめでとう」

 バスケットからひとつつまんで、どさくさに紛れてリアムに言った。


 そういう気持ちはあったのだ。

 そのために作ったんだから。


「うん」

 目をパチパチさせてリアムはうなずいた。よくわかってない感じだった。

 バスケットに入った失敗作を食べ出せられながらお祝いの言葉を言われても困るだけかもしれない。


「これ、誕生日プレゼントだから」

 そう言って、口に入れた。ミートパイがミートボールになったのかもしれない。


 質より量のミートパイを作ろうとしたら、野菜ばっかり食べているヤツでも美味しいと感じるミートボールになった。


「え?」

 リアムが固まっているから、もうひとつつまんで食べた。


「それなら食うなよ」

 リアムがムッとしたように言う。


「意外と美味しい」

 自分で言うのもなんだけど、思っていた以上に美味しかった。


 リアムがやけになったようにミートボールを食べる。

 私も食べた。


 二人で競って食べていると、リアムがピーちゃんにもあげた。

 ピーちゃんは嬉しそうに飛び立つ。


 昔、ピクニックの時もこんな感じだった。

 できは何だけど、楽しくて嬉しいミートボールができた。

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ミスティ村の地産地消 質より量のミートパイ 玄栖佳純 @casumi_cross

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