門番

スーパーちょぼ:インフィニタス♾

門番

「まこと、此度の承久は酷い有り様であったな。おぬし名は何と申す」


 峠道の頂上で、役人は巨大な門扉もんぴに寄りかかりながら旅人に尋ねた。

 見張るつもりがあるのかないのか、東西を結ぶ関所の門戸もんこは開かれたままである。


「ちょっと待った。じょうきゅう?」

「なんだおぬし、流行りの言葉も知らんのか。いくさだ、戦」

「いや、それなら僕も知っている」


 旅人は菅笠すげがさを外しながら巨大な門を見上げた。


「ここは、江戸時代ではない?」

「えど? 年のことを言っているなら今は承久のはずだが」

「転生先が違うじゃないか」

「てんせい? おぬし、さきほどから聞きなれぬ言葉を話しておるな。生まれはどこだ」

「遠く、西の方より」

「名字は?」

「田原」

「たはら? あまり聞かぬ名だな。西の方のたはら……」


 役人は気怠げに腕を組むと、鋭い視線を投げつけた。

 旅人はどれほど長い道のりを歩いてきたのか、草鞋わらじはすり減り黒ずんでいる。

 雨の中でも走ってきたのか、脛に巻いた藍色の脚絆きゃはんに跳ね返った泥の跡。

 休みもせずに走ってきたのか、縞の入った道中合羽どうちゅうがっぱは先刻の天気雨の跡がまだ乾ききっていない。

 腰から下げた手控え帳がぶらりと揺れた。

 

「あぁ、商人であったか。これは失礼した。ひと月も門番役などやっていると疑り深くなっていけない。ところで、西の方とは近江の方か?」


 どこから来たのかは知らないが、遠くから来たことは本当らしい。内心呟くと役人はようやく腕組みを解くふりをしたが、心の底では、疑っていた。


「その通り。僕は滋賀県出身でね。『三方よし』で知られる近江商人の家に生まれた」

「さんぽうよし?」

「『売り手良し』『買い手良し』『世間良し』」

「ああ、なるほど。このご時世に立派なものだな。その心意気どこぞの誰かに――」

「いや、僕には信念はない。あるのは好奇心だけ。重しになるくらいなら置いていく」

「……。なるほど」

「異論はないのか?」

「え?」

「言いたいことはないのかと聞いている」


 田原はやる気のない役人に詰め寄った。


「いいたいこと……まぁあるにはあるが」

「なんで言わないんだ!」

「そういわれても」

「自分の立場はちゃんと明快にしていいんだ。中立なんてない。異論を認めて話し合う。それが民主主義の基本だ」

「みんしゅ……? また聞きなれない言葉を。いやぁまいった」


 もう黙ってはいられない。役人は照れ隠しに頭をかくとようやく口元を緩めた。


「そなたの名前、いまいちど教えてくれぬか」

「田原総一朗です」

「そうか、そなたの名は総一朗か。この坂より先は東の地。坂東武士にはせいぜい気をつけることだ。いや、もう関東と呼ぶべきか。まあどちらでもいい」


 役人はふっと小さく笑うと総一朗の真っ直ぐな瞳を見つめた。


「今度は友として聞いてくれ総一朗。三方よし、望むところ。私はそんな平和な未来が来ることを、夢見ている――」



   ◇



「よかったのですか? 手形もなしにあの方をお通しして。門番まで辞めることになって」


 華奢な指で湯のみを器用に包むと、女人は甘酒を一口飲んだ。今日も峠の茶屋は人で賑わっている。


「良かったもなにも」


 役人だった男は皿から団子を一本掴むと天にかざした。晴れ渡る青空がみたらしに反射して煌めいた。


「やってられねぇや。あんな自由の門番を体現したみたいなやつに出会っちまったら」


 脳裏に浮かぶはひとり道をつきすすむ旅人総一朗。一体どこから手折ってきたのか、口にくわえたぺんぺん草が風にそよいだ。


「ちょうどひと月だ。その当番の最後の日に出会った。東と西を結ぶ関所で。これも何かの縁ってやつよ」

「そうはいってもあなた。これからどちらへ?」

「さあねぇ」


 男は団子を勢いよく頬張ると、どこか遠くを見つめながらふっと小さく笑った。


「どこへでも」





  (完)

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