臓器ダービー

脳幹 まこと

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 ガッツ競臓場けいぞうじょうは生臭かった。


 私は臓券ぞうけんを買った。とはいえ、私は一山当てたいわけでもないし、別に競臓けいぞうとやらに興味がある訳でもなかった。

 どうにも会社の先輩がハマってしまったらしい。

 自分一人で楽しんでいればいいものを、どうしても仲間が欲しくなったようで、私含む後輩何名が徴集を受けたというわけだ。公平なジャンケンの結果、私が代表でついていくことになった。


 競走臓きょうそうぞう(?)と騎手の一覧がリストアップされている。


 1.ノーカスイタイ(騎手:伊脳いのう 忠邦ただくに

 2.ニシンボニシンツ(騎手:おう 心三郎しんざぶろう

 3.ハイ・ホー(騎手:肺田はいだ 直紀なおき

 4.ビリルビン=ファットリバー(騎手:利根谷とねだに 肝太かんた

 5.ジンゾウトウセキ(騎手:丁腎盂ちょうじんう

 6.ランゲルハンスト(騎手:小白こはく 翡膵ひすい

 7.ギアラストマック(歌手:腹胃手はらいて 射手手いてて

 8.ミトコウモンドリア(騎手:徳川肛とくがわこう


 馬の名前もなかなか独特なものが多いと聞くが、臓器も同じなんだな。人のセンスというものは変わらないのだろう。

 パネルをぼんやりと眺めていると、先輩がやってきた。


「私はランゲルハンストが推しなんだけど、あなたは?」


「は、はあ……よく分かりませんが、ノーカ……スイタイ? とやらが一着になると予想しました」


 そうすると、先輩は分かりやすくため息を吐き、「ロマンがない」だの「堅実なだけじゃ人生楽しくない」だのと愚痴る。

 確かにノーカスイタイの倍率は他と比べると小さく見える。つまり、そこそこ有名だということだろう。


「あなた、ちゃんと調べたの? 競臓は奥が深いのよ?」


 奥というより、闇が深い気がするのだが。


「ランゲルハンストはね……いいのよ。小柄ではあるけど、働き者で頑張り屋さん。どんなにへこたれたって特に暴れたりせずにおとなしく黙っているの……見て、そろそろ出てくるはずだから」


 騎手の小白氏に連れられてやってきたのは、細長い黄色がかった何かだった。目どころか、頭と呼べる部分も見当たらない。足と思われる部位すらない。顔のない巨大なナメクジといった印象だ。

 ちょっとまて、これにまたがるのか?


「去年の嘔吐おうと賞も2着だったし……意外とやれるのよ? あの子」


 その後も、次々と名器達(?)がやってきたのだが、明らかにヤバい。

 私の選んだノーカスイタイは見るからに脳そのものだ。脳が芝の上を平行移動している。昔調べた限りだと、木綿豆腐くらいの硬さしかなかったと思うのだが、乗れるものなのか? トレーニングしているから大丈夫なのか?


 特徴的なのはやはり、ニシンボニシンツ。バクバクと振動しており、その拍動がこちらにも伝わってくるのだ。良い意味では元気いっぱい、悪い意味ではうるさい。

 

 全員が揃った。それぞれの騎手が己が愛器に跨り、いよいよレースが始まる。

 ゲートが開いた。

 観客たちが思い思いの推し達に声をかける。


「がんばれええ、ハイ・ホー!! 膨らむの!! 空気取り込んでええ!!」


「やっちまえ、ギアラ!! 消化液ぶっ放して、駆け抜けちまえ!!」


「トウセキ、あなたの凄さをみせつけてやりなさい!! あなたなしでは老廃物を排泄できないってこと、みせつけてやりなさい!!」


大穴ミトコウモンドリアあああ!」


 各騎手たちもムチを振るったり、AEDを振るったりと白熱している。


 ちょっと待て。

 これはいったい何なのだろうか。

 そもそもゲート開いてからしばらく経ったが、誰一人進んでいないのだが。


「先輩……」


「えっ!? 何!? 今、良いところなんだから邪魔しないで!!」


 先輩も鬼気迫る様子で「インスリンで常時覚醒!」だの「消化するのは胃だけの仕事ではない!」とよく分からないことを言っている。


「あなたも!! 何か!! ノーカスイタイに!! 言いたいこと!! あるでしょおおお!!」


「えーと……がんばって……ほら、100から7ずつ引いてってー……」



 そんなやりとりがおよそ30分近く続いた。

 ずっと成人の体重が掛かっている内臓達は、疲れ始めているようで、ニシンボニシンツなんかは明らかに振動が弱弱しくなっている。


 なのに、観客はそんなことは関係なく、ひたすらに鼓舞し続けるのだ。

 まるで自分の息子に理想的な人生を送ってもらうために、ひたすらにスパルタな教育を持ちかけるママさんのようだ。

 そこには推しの意志がない。それは愛ではない。自分の理想を押しつけているだけだ。


 私は少しずつ悟り始めていた。

 いくら自分の推しとは言え、万能ではないのだ。


「……推しに自分の理想を押しつけるな」


 気付いたら口に出ていた。

 小声だったと思うのだが、先輩には聞こえたのか、はっとした様子でこちらを見ていた。


「そうよね……臓器には臓器の役割がある。走るのは筋肉と骨の役割よね。彼らだって大切なのよね……ありがとう、あなたのお陰で大切なことに気付けたかもしれない」


 相も変わらず意味が分からないのだが、自分も訳が分からないことを言ったばかりなので何とも言えない。


 レースはまだ続く。

 終わることはしばらくはないのだろう。

 彼らが止まった時というのは、相当な大ニュースなのだから。


 私と先輩は喧噪の競臓場けいぞうじょうから出ていった。



 それから、先輩は競臓けいぞうからきっぱり胃と足を洗い、再びオフィスには穏やかな時間が戻ってきた。


「ねえ、あなた。投資に興味ない?」


 見せられたのは証券会社の投資サイトであった。

 んー、ギャンブルよりかはまだ実のある話なんだろうが、いまいち魅力的に感じない。


「先輩、将来になんか不安でもあるんですか」


「どういうこと?」


「いや、投資ってことは将来的な蓄えが欲しいってことでしょう。株とか金とか……」


「ああ、違うわ。ガッツ競臓場の時、言ってたじゃない。『推しに自分の理想を押しつけるな』『推しはあなたの所有物じゃない』って」


 そんなこと言ってたっけ。


「だから私、推しの所有者オーナーになってみようと思って。競争倍率は高いけど、推しの為だしね」


 いまいち話がつかめない私に、先輩はにっこりと笑って、画面の左上を指差した。

 そこには「取り扱い:金・銀・プラチナ・臓器」とあって……

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