第7話 前日譚 オーウェンとレイチェル2

 オーウェンら参加者はくじを引き、上位のものから立ち位置を選ぶ。オーウェンは三番目に、赤毛の少女は五番目に選んだ。その位置から全員が一斉に矢を放ち、的のキツネに刺さった矢の中で誰が最も獲物を仕留めるのに有効な一矢を放ったのかを判断する。それを三回繰り返して順位を決めるのだ。オーウェンは青色の矢を3本受け取り、弓のしなり具合をか確かめながら位置についた。

 

 合図の旗が振られると、的のキツネが勢いよく飛び出して右から左へと駆け抜けていく。時間にしてわずか五秒程度。七人はそれぞれが弓をつがえて息を整え、合図を待った。掛け声のあと勢いよく振り下ろされた旗と同時に麻袋と藁で出来たキツネが飛び出した。姿が見えるやいなや放たれた矢が数本、少し遅れて更に数本。


 キツネが左手の幕の後ろに飛び込んで消えると弓を下ろすよう指示があり全員が弦から手を離して待機した。審判役の男たちが犠牲になったキツネを皆の前に引き出し、刺さった矢がどの射手しゃしゅによる物かを確かめた。

 

 七人が矢を射たがキツネの体に命中したのはそのうち四本だった。あとの三本はキツネの手前の地面に刺さったものが一本と後ろの板に刺さったものが二本。四本の矢はそれぞれのキツネの下腿に二本刺さり、一本は肩に、残る一本は脇腹に刺さっていた。オーウェンが放った青色の矢は肩に刺さったものだった。

 

 そして驚くことに名手揃いの七人の中で脇腹を射抜いたのは黒色の矢を放った赤毛の少女だった。観衆の間にはどよめきが起こった。参加者の七人がそれぞれ間違いないことを確認して一射目の記録が確定すると続いて二射目の準備が始まり、同じようにまた七人は矢をつがえて狙いを定めた。

 

 合図とともに二匹目のキツネが飛び出し、今度は七本の矢はほとんど同時に放たれて、七本が的中した。再び確認すると一本が腰に、五本が胴の真ん中あたりに、残る一本の青色の矢が首を射抜いていた。


 これでオーウェンが一歩リードした。歓声と拍手が起こり、観衆は立ち上がってそれぞれが応援する射手に声を掛けて激励した。そんな中、昨夜ゆうべ一緒だったショーンがイサークとともに観客席にいた。ショーンは腕組みをして射手の様子を眺めていたが、それに気づいた赤毛の少女がショーンの方を見ると、彼は小さく微笑んで頷いてみせた。


 一段と歓声が高まる中、いよいよ最後の一射に向けて狩人たちは静かに呼吸を整えていた。合図の声で七人は矢をつがえ、静かに引き絞って動きが止まった。旗が振り下ろされて三匹目のキツネが飛び出すと同時に七本の矢が鋭く風を切り藁のキツネの息の根を止めた。


 獲物は観客の前に引き出され、今年一番の射手が誰なのかを見定めるために観客は固唾をのんだ。一本はキツネの首を正確に射抜いており、四本は胴に、一本は尻のあたりに刺さっていた。そして残る一本は、見事にキツネの頭部に命中しておりそれもちょうど眼窩のあたりを貫いていた。


 実際の狩りの場において、獲物を苦しませずに即死させてやり、さらに毛皮にも傷をつけない最も優れた仕留め方だった。観客たちからは、その矢が誰のものなのか判断できず、静まり返って審判の宣言を待った。


「キツネ狩りの勝者、黒の射手、レイチェル・ヤング!」


 割れんばかりの歓声と拍手に包まれて、赤毛の少女は恥ずかしそうに微笑み小さく膝を折って観衆に応えた。そして彼女は観客席のショーンの方へ駆けていき、彼に抱きつくとショーンは彼女の額にキスをして背中を軽く叩いた。他の六人の参加者も次々と二人の元へ歩み寄りそれぞれ祝福の言葉を贈る。オーウェンはその一番後ろで順番を待った。ショーンはオーウェンに気づくと軽く右手を上げ、オーウェンは二人の前に進んだ。


「おめでとう。見事な腕前だ」

 

 オーウェンは少女に右手を差し出しながら言った。


「ありがとう。あなたも素晴らしかったわ」


 少女はオーウェンの手を握り返して傍らのショーンを見やりながら続けた。


「パパから強敵がいるって聞かされてたの。一射目ですぐにあなたのことだって分かったわ」


「君はとても目がいいんだな。こんな名手には初めて会ったよ」

 

 オーウェンはショーンにも握手を求めながら


昨夜ゆうべは何も言ってなかったじゃないか」


 そう言って苦笑しながらショーンとイサークを交互に見た。


「イサークがその方が面白いと言うから黙ってたんだ。どうだい、レイチェルの腕は大したものだろう?」

 

 ショーンは愉快そうに笑ってオーウェンの手を握り、肩を叩いた。


「ああ、本当に。頭を射抜くとはな」


「うちでレイチェルに敵う者は一人もいない。俺もレイチェルが十五の時から負け続けさ」


「レイチェル、春になったらぜひ森に遊びに来るといい。獲物が増えて本格的に狩りの季節だ。オーウェンが森を案内するよ」


 イサークがレイチェルにそう言いながらオーウェンの方を見て目配せをした。オーウェンは良くわからないまま頷いて、


「ああ、こんな名手なら大歓迎だ」


 そう言ってレイチェルの目を見た。明るいブルーの瞳が森の奥にある「月の泉」みたいだ、そう思いながら。好奇心や物珍しさを含まないオーウェンの真っ直ぐな視線に、レイチェルは少し動揺してうつむき、


「それなら今度、ヤギのチーズとワインを持って行くわ。パパが良いならね」


 ショーンは娘のそんな様子に意外そうな顔をしてかすかに眉を持ち上げ、イサークと目を合わせた。すぐにレイチェルの肩を抱き寄せ頬にキスをしながら言った。


「構わないさ。出来の良いのを選ぶと良い」


 そこへキツネ狩りの催しの係の男がやってきて、参加者に渡される賞品を選ぶように、と伝えた。

 

「そうか。さあオーウェン、レイチェルと一緒に行ってこい」

 

 イサークが二人を追い立てるような仕草で促した。並んで歩いていく二人の背中を見ながらイサークはショーンに尋ねた。

 

「なかなかいい男だろう。若いが冷静で公平な奴だし、もちろん狩りの腕も抜群だ。お似合いだと思わないか?」

 

「そうだな。あんなレイチェルは初めて見たよ。妻が早くに死んでから毎日俺について狩りばかりで娘らしいことを知らずに育ったからな」


「オーウェンにも言い寄る娘が何人か居たんだが、あの通り、そういう事にうとい上に素っ気ない男だからな。みんなしびれを切らして他の男に嫁いじまった。余計な世話だとは思うがあいつにはそこらの娘じゃ無理だろう。レイチェルならオーウェンの良い理解者になってくれるんじゃないかと思ってな」


 ショーンは目を細めてまぶしそうに二人の後ろ姿を見た。


 明くる年の春、レイチェルは兄のジェイミーや数人の男と共にオーウェンのパックに遊びに来た。森での狩りに同行し、目を見張る数の獲物を仕留めてオーウェン達を感心させた。二ヶ月ほど行動を共にしたあと、夏の前に彼らは故郷へ帰った。山岳地帯で待つショーン達への土産にシカやイノシシ肉の塩漬けやキツネの毛皮を山のように背負って。


 ただし、帰りの一行にレイチェルはいなかった。今度レイチェルが帰ってくるのはオーウェンと一緒に結婚の報告をしに来る時になるだろう、とジェイミーは父親に伝えた。

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