第6話 前日譚 オーウェンとレイチェル1

 オーウェンはゆるくカールした暗い茶色の髪に琥珀色こはくいろの瞳の持ち主で、幼い頃から同じ年頃の子供達の中でもずば抜けて体格に恵まれていたので、十四歳から狩猟チームの主戦力としてよく働いていた。


 寡黙であまり笑いもせず、自分から強く主張するタイプではなかったが、それでも仲間達は常に彼に一目置いていた。彼はどんな相手にも公平に接し、狩りに出れば何日も根気強く待ち伏せて獲物を仕留め、それを自慢することもなく、小さな獲物は子供のいる家族や年寄り夫婦にほとんど全てを分けてやった。


 だから先代のリーダーであったイサークが、次のリーダーにオーウェンを推薦した時、オーウェンはまだ十九歳と若かったが、誰も反対しなかった。だがオーウェン本人は自分がまだ若すぎるのを理由に固辞し続けていた。そのまま三年をイサークの下で過ごした後、再びリーダーへの推薦を受けて、承諾した。イサークにも息子があったが当時十三歳で幼かったし、もともとパックれのリーダーは実力と人望が全てで、世襲ではなかったから皆がそれを歓迎した。


 そうしてオーウェンがパックのリーダーになった二十二歳の冬、交流のある近隣のパックが集まる祭りで初めてレイチェルに出会う。レイチェルは主に山岳地帯を移動しながら狩猟と牧畜を営むパックの娘で当時十八歳だった。

 

 毎年春から秋は狩猟に収穫、冬を越すための準備と人々は仕事に追われるが、冬の間は寒さが厳しく日も短い上、獲物も少なくなるためどの地域のパックも束の間の休息の季節だった。年に数度の交流の中でも冬の祭りは子供から年寄りまで大勢が集って一週間ほどをにぎやかに過ごす、最も大きな交流の場だった。特に適齢期の若者はその伴侶を探すのに丁度いい機会なので、十八歳以上の未婚者は皆積極的に参加した。

 

 オーウェンも一人前の男性なので年頃の娘にとって魅力的であったが、狩りを生業とするパックを率いるリーダーというのは重責な上に危険も伴う。老衰するほど長く生きる例は少なかった。そういう意味ではもっと穏やかにすごせる牧畜や製造を行うパックの男の方が理想的だと考えるのが親心だ。それもあってか、オーウェンは自ら女性に近づくことはなかった。

 

 彼の使命は仲間の暮らしと安全を確保し彼らを守ることだった。パックには毎年子どもたちが生まれてくる。それはいわば全てオーウェンの子供であり、パック全員の子供でもあるのだ。自分自身が妻と子を持つことにそれほどこだわっていなかった。なので毎年オーウェンは踊りの輪に加わるでもなく酔いつぶれるでもなく、ただ大きな焚き火のそばのテーブルに座って皆を眺め、きつめのウィスキーが入ったグラスを時々口に運ぶだけだった。

 

 祭りの間、夜は毎晩大きな火を焚きシカやイノシシの肉が振る舞われ、昼はそれぞれが普段の仕事の合間を縫ってこの時のために特別に作ったアクセサリーや革小物、毛皮やニットや菓子などをそれぞれ目当てのものと交換して楽しんだ。子どもたちはめったに食べられない甘い菓子に喜んだし、若い娘は美しい石や真珠のアクセサリーに目を輝かせた。


オーウェンたちのように狩りをして暮らしていると、肉や毛皮は手に入るが穀物や塩、羊毛や綿などはこうして他のパックと交換しないと手に入れることができない。だからこうした祭りは息抜きだけでなく生活に必要な物資を協力して手に入れるための大切な機会なのだった。

 

 ひとり静かに酒を飲んでいるオーウェンのもとにイサークがやってきた。そばには灰色の髪をした痩せて背の高い男がいる。


「オーウェン、こちらは山で暮らすショーンだ」

 

 イサークが傍らの男をオーウェンに紹介し、オーウェンは立ち上がりショーンに右手を差し出して握手をした。


「彼がうちのリーダーのオーウェンだ。年は若いが頼りになるいい男だ」


「話は聞いていたが本当に若いな。いくつになる?」

 

 ショーンに尋ねられてオーウェンが答える。


「夏に二十二になった」


「二十二歳か、うちの息子と同じ年だな。どうだ、森での狩りを率いるのは大変だろう?」

 

 オーウェンは手の中のグラスに視線を落として小さくうなずきながら答えた。


「ああ。だがイサークが助けてくれるし、皆俺よりも経験豊富だ。おかげで今年はクマの被害が少なかった。狩りで死人が出なかったのが何よりだ」


 オーウェンが二人に椅子をすすめ、三人の男は腰を下ろした。すぐに子どもたちが何人かやってきて男たちに酒のグラスを渡し、鹿の干し肉や木の実が乗った皿を置いていった。しばらく、今年一年の収穫やこの冬の寒さが一段と厳しいであろうことなどを話し合った。


 ショーンは静かにオーウェンの話に耳を傾け、彼の仕草の一つ一つを眺めながらグラスを口に運んだあと、オーウェンに尋ねた。


「明日のキツネ狩りには参加するのか?」


「いや俺は――」


「もちろんだ。うちに勝ち目があるのはキツネ狩りくらいなものだからな」


 イサークが割って入って答えながらオーウェンの肩に手を回し、念を押すように軽く二度叩いた。


 オーウェンは初耳だと思ったが、黙って頷いた。ショーンは面白そうに小さく笑いながらグラスのウィスキーを飲み干した。


 キツネ狩りとは祭りの遊びの一つで、藁を詰めてキツネに見立てた人形を弓で射るゲームだ。およそ三十メートル先の的をより正確に射抜いた者の勝ちだ。これ以外にも様々なゲームが有り、例えば卵拾いというのは菓子の入った小さな袋を探すもので幼い子どもたちでも楽しめた。


 次の日、いよいよ祭りのゲームで最も注目を集めるキツネ狩りが行われた。それぞれのパックから弓矢の腕自慢が出場してその精度を競う。今年はオーウェンを含めて七人が参加した。オーウェンはどういうわけかイサークの手回しで急遽初参加することになったが、毎年見物しているので要領は心得ていた。常連の弓矢の名手に混じって、珍しく若い女性の参加者があった。

 

 それぞれのパックでは女性も子供も基本的な狩りのテクニックはほとんど全員が習得しているので、十二歳程度の女の子でも弓矢を事も無げに扱う。だが腕を競うとなると日常的に狩りに出る者が圧倒的に有利なので、参加者は毎年パックの最精鋭の男たちばかりだった。そんな中で幼さの残るそばかすの顔に豊かな赤毛が印象的な、ほっそりとした少女が異彩を放っていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る