第39話 痛みに慣れてしまった者達
深夜になり、ディゼルは初めて城下町の方へと足を踏み入れた。
いつもだったらこっち側に来て引っ掻き回すのだが、今回の目的が休養だったので行く必要がなかった。
このヴィジッテ国にある大きな城は観光名所としても人気があるらしい。勿論、中に入れるのは王族のみ。それでも他国からこの外観を見に来る人は後を絶たないという。
ディゼルも遠目から城を眺めるが、興味がないのですぐに視線を反らした。
「悪魔様。ナナエの気配がどこからするか分かりますか?」
「ああ。だが、随分と微弱だな。もう死にかけているかもしれない」
「あらまぁ、それは大変ですわね」
心にもないことを言いながら、ディゼルは悪魔が指示する方向へと進んでいった。
連れてこられたのは、町の中心地にある大きな屋敷。
正面入り口と裏口には数人の兵士が立っていて、そう簡単には侵入できそうにない。
ナナエがもしこの兵士達を掻い潜って中に侵入した後で捕まったのだとすれば、想像以上のやり手ということになる。生まれたときからスラム街で生きてきた彼にとって当然のように身に付いてきた技術なのだろう。
「……さて、と」
ディゼルが目線を送ると、悪魔は彼女を黒い靄で包み込んだ。
兵士達の警備など悪魔には通用しない。悪魔の力で黒い靄に包まれれば、人の目には移らない。悪魔のように空間を移動することもできるので、どんな場所もすり抜けていくことが出来る。
だがこれは人間であるディゼルには多少の負担がある。悪魔の力を宿しているとはいえ、体は人間。本来なら出来るはずのない空間移動を行えば、体が耐えきれずに死んでしまう可能性もある。
これは呪いで死ねない体のディゼルだからこそ出来ること。
痛みに慣れてしまった彼女だからこそ、迷わずその選択ができる。
「……ここですわね」
「ああ。体はどうだ?」
「あまり良いとは言えませんが……耐えられないほどではないです。痛みも怪我も、いずれは消えるものですから」
強がりで言ってる訳ではない。それはディゼルの表情を見れば分かること。
実際は尋常じゃないほどの痛みで立つこともできないはずだ。悪魔はディゼルがどんどん人間離れしていく様子に思わず笑みを零す。これほど見ていて面白い人間はいないと、心の中で彼女への興味をさらに募らせた。
「それにしても、ジメッとしてて嫌な場所ですね」
「微かに血の匂いもしている。おそらく、この先の部屋で拷問でもしていたんだろう。それらしい道具に散乱している」
「それはそれは……良い趣味してますわね」
嫌味を吐きながら、ディゼルはナナエがいるであろう部屋のドアを開けた。
悪魔の言うとおり、その部屋は確認するまでもなく拷問部屋。天井から吊るされた鎖に両腕を繋がれたナナエが、ぶら下げられていた。
着ていたはずの服は鞭で叩かれ続けたせいで破れ、肌はところどころ皮膚が剥がれて血が滲んでいる。
「生きてます?」
「まだ、な」
「じゃあ下ろしてあげてください」
「お前の頼みなら、仕方ない」
悪魔がパチンと指を鳴らすと、鎖が切れてナナエが地面に叩き落とされた。
その衝撃で気を失っていたナナエは目を覚まし、霞む視界で周囲を見渡した。
「ナナエ、聞こえますか?」
「……その声は、ディゼルさん? どうして、ここに……」
横たわるナナエの体を起こして、壁に寄り掛からせた。ずっと伏せていて分からなかったナナエの顔は真っ赤に腫れあがっていて、見ていて痛々しいものだ。
だが彼はディゼルがここに来てくれたことが嬉しいのか、弱々しく笑った。
涙を流すこともなく、いつもの笑顔を浮かべようとしている。悲しむ様子もなく、それが当然のように。
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