第38話 さようならを言う前に。




 指輪を貰った日から数日。

 ここ最近、ナナエの姿を見ないと思いながらもディゼルはいつも通りの生活を送っていた。

 ここでの生活は楽と言えば楽だが、そろそろ飽きてきた。もう十分に体も回復したし、そろそろ頃合だろう。ディゼルは今夜にでもここを立つつもりでいた。


「ディ、ディゼル!」


 名前を呼ばれ、ディゼルは振り返る。

 そこに居たのは、顔は何となく知っているが名前までは覚えていない男だった。ナナエと一緒にいたのを何度か見たことがある程度だ。

 彼は走ってきてのか息を切らし、とても焦っているように見える。


「あ、あの……ナナエを見てないか?」

「いいえ。ここ暫くは顔を合わせてないけど……」

「マジか……アイツ、もう三日も帰ってきてないんだ。まさか、ヤバいところに足突っ込んだんじゃないだろうな……」

「どういうこと?」

「いや……アイツ、たまに町の方へ盗みに行ってるのは知ってるよな。この間もミスって怪我して帰ってきたし、次見つかったら……」


 そこまで言って、男は顔を青ざめさせた。

 一度は見逃してもらえたが、次はもうタダでは済まないという事だろう。牢屋に入れられるか、最悪の場合は殺されるか。二つに一つだ。

 城下層に住む奴らにとってスラム街の住人がどうなろうと関係ない。生かそうが殺そうが、向こうの自由。それに対してこちらが何をどう訴えたところで話が通るはずもない。元はと言えば、盗みを働いたナナエに非があるのだから。


「俺、もう一度アイツを捜してくる。もし帰ってきたら家で待ってるように言ってくれ」

「私が?」

「頼む! それじゃあ、よろしくな!」


 ディゼルの返答も聞かずに男は来た道を戻って行った。

 どうするべきか、ディゼルは困ったように溜息を吐いた。もうここに残る必要もないし、彼の言うことを大人しく聞く理由もない。

 彼の頼みを無視して街を出てくことも出来る。だがナナエがどうなったのか少しも気にならないわけじゃない。


 ナナエはよく自分を過小評価していたが、このスラム街で彼は一目置かれる存在だ。常に笑顔で、明るく振舞っている彼の姿に元気づけられる者も少なくない。

 ここでナナエに何かあれば、このスラム街でも何かしらの変化があるかもしれない。


 ディゼルはポケットに入れたままの指輪に触れ、少し考えた。

 今自分がどう動くのが最適解なのか。

 悪魔のためになるのは、どの選択なのか。


「……今回はあまり派手なことしたくなかったけど、仕方ないわね」


 溜息を吐いて、ディゼルは歩き出した。

 ナナエには多少なりとも世話になった。人助けなどする気はないが、とりあえず様子を見に行くくらいはしよう。

 そう思い、ディゼルは町へと向かった。






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