第30話 彼は綺麗な言葉を好む




「魔女さーん!」

「……貴方、また来たの?」


 青年が初めて魔女を尋ねてから数日。

 彼は毎日ディゼルの住む小屋を訪れていた。


「勿論です。魔女さんが危ない薬を売るのを止めてくれるまで来ますから!」

「……だから、貴方ね」

「貴方じゃないです。ファルトです!」


 青年、ファルトは笑顔でそう言った。

 正直相手をするのも疲れる。だが悪魔が言った、彼の中に住む怪物。心の闇がどういうものなのか、ディゼル自身も興味があった。

 それが爆発した時、彼が何をするのか。どれくらいの不幸が、負の感情が溢れ出すのか。それは悪魔の餌となるのか。とても気になるところだ。


「……ファルト。前にも言ったでしょう、街の人に私のところに来るのを止めるように言いなさいと」

「言いました! 言いましたけど……みんな、そんなものは知らないって……」

「まぁ、でしょうね。自ら人を殺しました、なんて言えるわけないわ。知られたくないからこそ、私の元に来ているのだし」

「どうして、人を殺そうなんて思うんでしょうか……どんな酷い目に遭ったとしても、それだけはいけないことです」


 相変わらずの綺麗事。

 人を殺すのは悪いこと。そんなことは子供だって分かってる。それでも人には感情がある。限界を超えれば殺意だって目覚める。

 ディゼルだってそうだ。幼い頃からずっと理不尽な暴力と罵声を聞き続けてきた。その結果が黒魔術の生贄。

 そんな目にあっても彼は、人を殺すのは駄目だと言うのだろうか。


「……そういえば貴方、妹がいると言っていたけど……毎日こんなところに来て平気なの?」

「あ……良くは、ないです。でも、僕に出来ることは何もなくて……お医者さんに頼んでも薬を売ってもらえないし、病院に通わせるお金もなくて……」


 こんな魔女に頼るくらいだ。彼は相当切羽詰まっていたのだろう。だからと言ってディゼルがファルトにしてやれることは何もない。人の病気を治す薬も作れない。

 彼女に用意出来るのは、人間を苦しめる薬だけ。


「そう。だったら傍にいてあげなさい。私なんかに構ってないで」

「だ、駄目です! この前も近所のおじさんが急に亡くなりました。死因も原因不明だって……これ、魔女さんの薬のせいですよね」

「あら。私のせいだなんて人聞きが悪い。私は頼まれたから薬を売っただけ。人に恨まれるようなことをしたその人にも原因があるんじゃないかしら?」


 ディゼルはクスクスと笑いながら言った。

 こんなこと、虐められていた子が虐め返すようなもの。カッコ悪い仕返しと思えなくもない。しかし薬を利用したものがその男にどんな恨みを抱いていたのか分からないが、殺意を抱くほどのことをされてきたのだろう。因果応報とも言えること。これは報いなのだ。


「だったら……悪いことをした人に、そういうことをしちゃ駄目だって言えばいいんです! ちゃんと謝れば……」

「傷付けられたものが謝られただけで許してくれると、本当に思ってるの? それで過去が消えるの? 傷が癒えるの? 心の傷がそう簡単に治ると貴方は本気で思っているの? それとも、加害者を許して被害者に泣き寝入りしろとでも?」

「ち、違います! 僕はお互いが納得できるように話し合おうと……」

「本当におめでたい頭をしているのね。じゃあ被害者側が相手を許せなかったら? 死を望んだら? それ以外は認めないと言ったら?」

「そ、それは……」


 ファルトは言葉に詰まった。

 本当に彼は何は心に闇を抱えているのだろうか。そう疑問に思えるくらい、ファルトの口から出てくるのは綺麗事ばかり。全てが詭弁だ。


「今日はもう帰りなさい。妹さんが帰りを待っているでしょう」

「……はい」


 ファルトはしょんぼりしながら去っていた。

 その背を見送り、ディゼルは大きく溜息を吐いた。彼と話すのは酷く疲れる。今まで出会ってきた人間にああいうタイプはいなかったため、対応にいつも困るのだ。

 もう少し様子を見て、ファルトに何も変化がなかったらここを離れよう。ディゼルはそう思いながら家の扉を閉めた。




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