第21話 復讐に酔いしれる




 国から離れ、街道の途中にある小さな小屋でディゼルは足を止めた。

 ここに来る間、ずっと笑いが止まらなかった。トワの顔が頭から離れなかった。


「最高でしたわ……こんなにも笑えることがあるなんて知りませんでした」

「ああ。あの聖女の絶望、中々に美味だった」

「……それは、私よりですか?」

「まさか。お前の不幸の味より美味いものは無い」

「良かった。あの子に負けていたら、今すぐトワを殺しに行ってました」

「ハハッ! それはそれで面白そうだな」


 小屋の中に置かれた粗末なベッドに腰を下ろし、ディゼルは小さく息を吐いた。

 復讐というものがこんなにも愉快なものだなんて。ディゼルは腹の底から沸きあがる感情にまだ体が昂っている。


「悪魔様。私、ちゃんと出来てましたか?」

「ああ。あの聖女を問い詰めているお前の魂は今までで一番輝いていたぞ。あの場でお前を食べてしまいたくなるくらいにな」

「まぁ……とても嬉しいです。あなたに喜んでいただけることが、何よりも幸せです」

「ディゼル。お前はもっと、もっと美味くなる。最高に熟したとき、どれほどの味になるのか楽しみだ……」

「悪魔様……」


 ディゼルをベッドに押し倒し、悪魔は彼女の首筋を舐める。

 まさかトワがディゼルに対してあんなことをしていたことには驚いたが、人間の心に潜む闇というのは興味深い。悪魔は何百年と生きていたが、こんなにも好奇心を擽られることは初めてだった。


「俺は何度か人間に召喚されてきたが……お前のような魂に巡り会ったことはない」

「本当ですか?」

「ああ。だからこそ、どこまで魂を腐らせることが出来るのか、見てみたくなる。熟して、熟して、最高に美味くなる瞬間が見てみたい」

「私も……あなたに食べられる日が楽しみです」


 ディゼルは悪魔の口付けを受け入れる。

 今日という日は、本当に特別なものとなった。

 前世の記憶を取り戻し、あの国でトワと対峙することを知ってから考えていたこと。

 トワを追い詰め、絶望に落とすことが出来るのはあの瞬間だと思った。そして狙い通り、トワは己の甘さと罪により気力を失った。


 残念なことにあれで終わりにはならないだろう。トワを慕うものが彼女を励まし、もう一度立ち上がらせるはず。

 だがそれでいい。何度でも這い上がる聖女の心を何度でも折ってやる。またトワのあの絶望する顔が見れるのかと思うと、笑いが零れてしまう。


「悪魔様……私は自分のしていることが間違いだとしても、これが私にとって正しいと信じています」

「ああ。他者の定めたルールなど関係ない。正しさの基準なんてお前が決めろ」

「はい、悪魔様。私はあなたのため、悪魔様のために、不幸の道を歩みます。それがを私の幸福……」

「それでいい。俺のために生きろ、ディゼル。俺の花嫁」


 生きることを望んでくれる。

 悪魔である彼だけが、それを口にしてくれる。

 こんなに嬉しいことはない。


「あなたに出逢えたのだから、ある意味でトワ達に感謝しないといけませんね」

「そうだな。お前が悪魔の子と言われたおかげで俺も最高の餌に出会えた」

「ふふ。皮肉なものですね」

「この世の中なんてそんなものだ。不平等で、理不尽に溢れてる。だから面白い」


 二人は笑い合い、そして甘い時間を過ごした。

 この世が不幸で満ちることを願いながら。



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