第12話 元凶




 屋敷へと帰ってきたアインは、自室にある花瓶に花を活け、物思いに耽っていた。

 彼女、ディゼルに伝わらない想い。それでも、やっぱり彼女への愛は止められない。どうしたら、彼女を幸せにできるのだろうか。アインは、そんなことばかり考えていた。


「アイン。帰っていたのね」

「……レイナか」


 アインは横目でレイナを軽く一瞥し、すぐに視線を花へと戻した。

 段々と自分への態度が変わっていくアインに、レイナは苛立ちを募らせる。それもこれも、彼が見ている花を売っている人物のせい。


「その花……またあの子?」

「……ああ」

「いい加減にしてよ。もうあの子に関わらないで。お父様だってそう言ってるじゃない。あなたがどうしても言うから、あの子をこの町に置いているけど……あの子のせいで」

「やめないか! あれはディゼルのせいじゃない。あの子は何もしていない。そんな風に皆が言うから、ディゼルが不幸になるんじゃないか」


 町の現状から目を逸らし続ける彼に、レイナは机をバンっと叩いた。このままでは町中の人達が苦しむ。

 自分たちの結婚だって遠のいていく。彼の心だって離れていく。早くアインの目を覚ましたい。その一心でレイナは声を荒げた。


「だって本当のことじゃない! 町でも噂になっているわよ、不幸を呼ぶ少女だって。あの子は死神なんだって!」

「っ! レイナ!」

「現にあの子が来てから何人死んだと思っているの!? 急に病気や事故でどれだけの人が死んだと思う!?」

「だから、それは彼女のせいじゃ……!」

「アイン! あなたは町長になるのよ!? あの子一人にかまけていないで、もっと周りを見なさいよ!」

「……っ!」

「……もう、諦めて。これ以上あの子に現を抜かすっていうなら……お父様に頼んであの子を殺すわ」

「な……!? 何を……」


 真剣な目で言うレイナに、アインは思わず立ち上がった。

 ガタンと椅子が倒れる音が部屋に響く。


 彼女は何を言っているんだ。ディゼルを殺すだなんて、そんなの許されるはずがない。アインは反論をしようとするが、レイナは落ち着いて話を続けた。


「これ以上、あんな子を野放しにしておけないわ。みんな賛成してくれている」

「う、嘘だ……」

「嘘じゃないわ」

「……信じない。僕は信じない!!」

「待って、アイン! アインハルト!!」


 アインは屋敷を飛び出し、離れにある小屋へと走った。

 正直、アインも疑ってはいた。それでも信じたくなくて、初めて愛した人を信じたくて、目を逸らし続けた。

 嘘だと言ってほしい。本人の口から、真実を告げてほしい。

 アインは勢いよく物置小屋のドアを開けた。


「ディゼル!!」

「あら。どうしたの、アイン。そんなに息を切らせて」

「ディゼル。僕は君の噂を否定したい。僕は君に出逢って確かに幸せだと感じたんだ。だから君が不幸を招くだなんて信じたくない。頼む、ディゼル。嘘だと、そう言ってくれ……!」

「あらあら。落ち着いて、アイン。大丈夫?」

「……ディゼル。僕は……君を疑いたくないんだ」


 膝を落とし、アインはその場に座り込んだ。

 今までの彼からは想像も出来ない情けない姿。ディゼルは「ふぅ」と溜息を吐いて膝を付いた。


「……アイン。ねぇ、少しお話してもいいかしら?」

「あ、ああ……」

「あのね。私、本当はもうずっと前に死んでいたはずなのよ」

「え?」


 言ってる意味が分からず、アインは首を傾げた。

 心臓が痛い。呼吸が荒くなる。今まで感じていたものとは違う。今は愛おしいという気持ちよりも恐怖心の方が強い。

 どうして。彼女を好きだという気持ちに偽りはないのに。今でも愛しているのに。


 動揺するアインを無視して、ディゼルは話を続ける。


「あるお方がね、私を黒魔術の生贄にしようとしたの。この時の私は、確かに不幸だったかもしれない。でもね、今こうして生きている。何故だか分かる?」

「……わ、わか、ら、ない……」

「ある方がね、私に命をくださったのよ」


 ディゼルは自分に起きたことを話した。

 悪魔を呼び出す儀式で死んでいくはずの命だった。だが、悪魔が彼女に呪いを掛けた。自らを感染源にして、不幸と言う名の病原菌を周囲に振りまくようにしたことを。

 耳を塞ぎたくなるような話に、アインの体が震えた。

 嘘だと言ってほしかったのに、彼女の口から告げられるのは噂を肯定するものばかり。


「別に私は、誰かを不幸にしたい訳ではないけれど……でも、あの方の呪いで必然とそうなってしまうの。ごめんなさい。でも、すぐに離れるわ。もう、一生ここには来ない」

「そんな、その呪いを解く方法はないのか!?」

「私を殺せばいいんじゃないかしら」

「……っ、そんな……」


 さらりと言う彼女に、アインは愕然とする。

 どうしてそんなことを簡単に言えるのだろうか。顔色を変えずに、平然と、自分を殺せばいいだなんて。


「私自身は、自分を不幸だとは思っていない。でも、周りが私を不幸だと呼ぶ。だから私は、不幸な女なの。そうすることで、あの方は喜ぶ。あの方が喜ぶのなら、私は何だってするわ」

「……あの、方……って?」

「お名前は存じないわ。でも、私に生を与えてくださった素敵なお方よ」

「素敵? 君を不幸にしたのに!?」

「言ったでしょう? 私は不幸だと思っていない」

「でも……でも、そいつのせいで君は不幸にさせられているんだろう!? そいつのせいで君はずっと、一生一人だ。一生孤独じゃないか!」

「それはあなたにとっての不幸でしょう?」

「だけど!!」


 何を言っても自分の言葉は響かない。

 どうすれば彼女の意思を変えられるのか。必死に言葉を考えるが、思いつかない。不幸であることを望む人間がいるわけない。

 アインは自分の価値観が崩れていくような気がして、吐き気すらしてきた。


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