ウリエルさんのお怒り

佐藤子冬

第1話 ウリエルさんのお怒り 

 僕の名前はファルマコ。とある事情で異世界を訪れたキリスト者。

 ロリータ天使ウリエルやコボルト族の巫女リリウムらと旅をしている。訳あって世界の存亡をかけた戦いに臨もうとしている。

 戦争が始まる前、久しく休息を取れることになった僕らは思い思いに過ごしていた。


「今日はウリエルさんの為に蜂蜜牛乳を買いに行く日だったなあ」


 思い出して準備する。牛乳に大量の蜂蜜を加え、煮込んで冷ます飲み物だが、中々どうして美味い。あちこちの屋台で出している品でもあるが、自分達の気に入った屋台は少し行列が出来てしまう。なので、朝に出掛けるのだ。


「お、アーサー。君もかい」


 アーサー、途中から加わった旅の仲間で僕の弟子であり、コボルト族の青年。士師でもあるのだけどそのことを振り回さず、礼節丁寧な若者だ。

 正直、僕の弟子にするにはもったいない位だと思う。奇妙な縁がって師弟関係に収まっている。


「ええ、師匠もですか」

「ウリエルさんがご所望でね。いつもの屋台の蜂蜜牛乳をね」

「僕もです。今夜はクリームシチューを家内が作ってくれるので蜂蜜牛乳を買って来て欲しいって」

「良妻だねえ。リリウムさんは。ウリエルさんもたまに何か美味しいもの出してくれないかな」

「ご謙遜を。ウリエル様は師匠の為なら結構色々やって下さるじゃないですか」

「そうかな?」

「僕らの結婚式の時には豪勢な食事も奇跡を使って出して下さいましたよ?」

「そうか、優しいには優しいのかもね」


 長くいて感謝の気持ちが薄れたのかも知れない。


「おお、ファルマコ殿、アーサー」


 振り向くとファウストがいた。グノーシスを同伴して何処かに行く様子だ。


 ファウスト。南の国の王国のゴブリン族の王。その正体はアダムの末裔で五百年前に世界を変えてしまった人物。当人曰く「我は世界の修復者」だそうで。


 グノーシスは学者且つ政治家で大学都市の長をしているゴブリン族の指導者の一人だ。温和で博識な賢老として知られている。


「付き合わんか」

「でも、僕達約束が……」

「まあまあ、食事だけだ。実はな、大学都市には秘蔵の名店があってな。今日はその一つにくりだそうと言う訳だ」


 アーサーにファウストが囁く。


「蜂蜜漬けの塩味のレアステーキを食いたくないか? 血がたぎる様な味わいだぞ。たまには贅沢も悪くなかろう?」


 そうだなあ。リリウムは健康食を作る傾向にありそうでアーサーは濃い味付けとか肉類はあまり食べれていないのかも知れない。


「では、ちょっとだけ行こうか? アーサー」

「良いのですか?」


 アーサーも否定しないところを見ると肉の誘惑に駆られているらしい。思春期の男性が愛妻の料理に満足してないとはないだろうが、たまには濃いものを食べたくなるのが男性の性と言うもの。


 四人で裏路地に入って「ヴェリタス」と言う店に入った。


 ヴェリタスね。ラテン語で真実を意味している。今日の英語ヴェリティの語源だ。ちなみにヴェリティの意味は宗教的真理だ。なるほど、こんな大層な名前を付けるからに余程自信があるらしい。


 入店して着席するとすぐにお通しを出された。


 三百グラムは下らないだろう蜂蜜漬けの塩レアカットステーキだ。


 しかし、不思議だ。自分達はルイベ状で出されている。


 対してファウストのカットステーキは熱々の様子だ。


 「お客様、失礼ながら猫舌ですよね?」


 ちょっと驚いた。どうやって見抜いたんだろう?


 御託を訊くのは良いから食べてみようかな。


「美味い……」


 レアだがしっかり焼いている。それで急速に冷やして旨味を閉じ込めたのだ。


 あっという間にたいらげてしまった。アーサーは食べ足りない様子だ。


「ファルマコ殿、今日はお任せコースにしてあるから注文する必要ないぞ」


 ファウストが付け加える。


「続いては蜂蜜のチーズ焼きでございます」


 お、これは以前ウリエルにねだってもくれなかった品だ。


 チーズをカリカリに焼き、その上に更にまろやかなチーズを乗せる。


 違うのは塩胡椒がふんだんにかけてあって豚の生姜焼きとネギが乗っかっているところだ。


「良いですね、これ」


 アーサーも舌鼓を打つ。


 程良く暖かいチーズに生姜焼きが意外と合う。ネギの甘味も良い。


 「お口の中が脂強くなった場合はどうぞ」


 差し出されたのはガリだった。


「師匠、これは何ですか?」

「寿司とかに使われるもので脂身の強いものを食べた時、あっさりしたものを食べると味が判らないよね? これは口の中に入れて咀嚼して脂身を流すものさ。食べてみなよ。甘酢ガリだ。食べやすいよ」

「これはこれでいけますね」


 全くだ。これでお米があれば言うことなしだったのだが。


 二品で腹いっぱいになった。もう食べれない。


「ファウスト卿、もうお腹が……」

「まあ、待て。甘味料は別腹と良く言わんか?」


 デザートか。


 焼きプリンが運ばれてきた。


 うん? 何か普通のプリンと違うぞ? このカラメルソースの香りは


「蜂蜜?」

「ご名答だ」


 ふむ、面白い。プリンは子供が好きな定番だが蜂蜜は乳幼児が食べると中毒になってしまう。さしづめ、大人用のプリンと言ったところか。


 量が凄いな。五百グラム位ありそうだ。


 一口すくいあげて食べる。


「む! これは?」


 卵白を使わず卵黄だけで勝負しているな。


「でも、卵白もったいないな」

「安心しろ、別の料理の具材に使うのだ。この料理店は無駄なく素材を使うことを心がけている」


 凄い店だ。環境問題にも配慮しているとは。


「白身のスープです」


 なるほど、材料を無駄なく使うとは本当だ。辛味が効いたスープに卵白の相性が良い。これは豆板醤か?


 辛味が食欲を増進する。


「冷やし蜂蜜牛乳です」


 最後に甘いものでしめてきたか。種類こそ少ないが、ボリューム感満載の食事だ。


「いやー、食った食った! 満足満足! 特に牛肉なんてこの頃口にしてなかったからなあ」

「師匠、僕達何か重大なことを忘れている様な……」


 アーサーがそう言う悪寒が走った。


「ファルマコ」

「アーサー」


 二つの冷たい声音が響いた。


 顔が嗤っているウリエルが見える。怖い。


 リリウムが嗤っている。だが、眼が冷徹そのものだ。


「ヒッ! リ、リリウム……」


 リリウムの手が伸びてアーサーの気管を絞める。


「す……すみ、ま……せん」


 可哀想なアーサーだった。


 うん、何か呼吸が辛くなってきたぞ?


 ウリエルが親指と人差し指で絞める仕草をしている。


 本気で?


「ご、ごめ」


 言う前に宙づりにされた。


 苦しい。


 ファウストは少し意地悪な表情をしている。


 こいつ、わざと誘いやがったな!


 時既に遅し。僕達は気絶させられた。


「だ、大丈夫? アーサー」

「ゲホッ……何とか」

「まあ、こうなることは見越しておったよ」


 場に残ったグノーシスが馬車を用意していた。

「王の非礼は臣下が詫びるが筋。蜂蜜牛乳は馬車に沢山搭載してある」

「そうですか……ありがとうございます」


 これで機嫌が直ってくれれば文句なしだ。


 これには懲りた。世の皆様に言いたい。大事な相棒や伴侶は疎かにしない様にして下さい。

 

 小さなことに忠実な者は大きなことにも忠実である様に。


 今回の出来事は「ウリエルさんのお怒り」だった。まさしく。 


―了―

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ウリエルさんのお怒り 佐藤子冬 @satou-sitou

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