端役

加藤 航

端役

 気がつけば目を奪われていた。

 自分には合わないからと断ったが、友人にしつこく誘われて渋々と観に行った歌劇でのことだ。

 それは剣翼王の伝説を元にした物語で、内容は帝国民ならば子どもから老人まで、ほとんどが知るところだ。

 歌も芝居も素晴らしい出来ではあったが、私が目を奪われたのはそこではない。舞台に現れた、ある一人の女優についてだ。


 その女優は、後に剣翼王となる大鷲が悪魔との契約を交わす場面で登場する。

 剣術の腕を手に入れるために、空を翔る翼を諦めるか否か。大鷲が極限の決断を迫られる物語の転換点だ。重々しい音楽が感情を揺さぶりにかかり、その背後には大鷲の従者が三人控えて立っている。このうちの一人が件の女優である。

 台詞や大きな動きもない端役だった。しかし、大鷲の行く末を本当に見守っているかのような表情は真に迫っていて、私の心を震わせた。

 

「ルド、どうだった? 思ったよりも良かっただろ」

 公演の後、友人に感想を聞かれた私は、先ほど見た女優について語った。しかし、友人はそれを聞いて不思議な顔をする。

「そんな奴いたか……?」

 劇場の係の者に尋ねても同じ反応だった。演者の名簿を見ながら探してくれたが、そのような人物はいないとのことだ。件の場面で大鷲の従者として登場する演者は二人だけだという。


 私は納得できずに次の公演も観た。確かに彼女はそこにいる。前回と変わらぬ素晴らしい演技を見せてくれた。長い舞台の中では、ほんのひとときだ。しかし、他のどんな場面と比べても、その時間が特別だった。

 そうして何度か公演を繰り返し観て気づいた。この劇団では同じ役でも日によって演者に交代がある。しかし、件の女優だけは常にそこにいた。横の従者役は顔ぶれが変わっているのに。私は友人にそのことを話した。


「それは面白い。さてはお前、亡霊に惹かれたな?」

 友人が言った。

 私の最初の感想に興味を持った友人は、あれからしばらく件の女優について調べてくれていたらしい。そして劇団に一人、私の話す特徴に当てはまる女優がいたという事を突き止めたのだという。しかし、その女優は既に亡くなっていた。

 私はあまり驚かなかった。あの神秘的な佇まいに納得のゆく理由が付加されただけのことだ。魅力的なのも頷ける。


 それから時が過ぎ、剣翼王の公演は終わった。私は大いに気落ちしたが、一縷の望みにかけて次の演目も観劇に行った。今度の演目は遙か昔にあったという機工都市と死霊都市による不死戦争を題材にした戦記である。当然、内容に興味など無い。私が知りたいのは彼女がいるか否か、それだけだ。


 果たして、彼女はいた。やはり端役である。

 骸から魂を抜き出され、不滅の亡霊兵として戦いに行く死霊たちの役。そのうちの一人として出演していた。霊的な印象を強調するための白く揺らめく衣装に身を包んで歩く亡霊兵の中で、彼女は一際神秘的な雰囲気を放っていた。本物の亡霊なのだから当然と言ってはならない。紛れもない、彼女個人の魅力による物だ。


 なぜ彼女は死してなお舞台に出続けるのか。現世に思い残すことがあると、魂が縛られてしまい、輪廻の巡りから外れてしまうことがあるのだと聞いたことがある。

「祓ってもらうべきか」

 そういうことが出来る知人がいるのだ。現世に縛られて身動きのとれぬ死霊を開放して回る旅の死霊術師だと言っていた。最近帝国にやってきたそうで、今もこの街に滞在しているはずである。

「いや……」


 今日の観劇を終え、劇場を出る。多くの観客が舞台を賞賛しながら去って行くのを観ながら、私は思う。

 皆、この舞台に対してそれぞれの魅力を感じているのだろう。だが、あの素晴らしき女優の魅力に気づいているのはきっと私だけだ。

 彼女はある意味で完成された役者だ。決して衰えず、疲れず、傷つかず。あの熱演からは舞台に縛られる事への苦悩は感じなかった。きっと本望なのだろう。ならば、私は、私のやり方でそれを応援するだけだ。

 私だけが、彼女を観ることが出来る。良い役者には、良い支持者が必要だろう。

 次の公演も楽しみだ。

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端役 加藤 航 @kato_ko01

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