今でもネタばらし待ってます

菅田山鳩

第1話 ドッキリだと言ってくれ

これは大学3年生の時に私が体験した出来事

です。※コロナ前です。

その日は講義が18時に終わりました。

金曜日だったので、友達と二人で居酒屋へ飲みに行きました。

電車と徒歩で移動して、飲み始めたのは19時頃だったと思います。

他愛もない話で盛り上がり、22時過ぎにそろそろ帰ろうかということで居酒屋を出ました。歩いて駅まで向かい、駅に着いたときに時計を確認すると22時30分をまわっていました。友達とは家が反対方向のため、乗る電車は別です。それぞれ自分が乗る電車の時間を時刻表で確認すると、私が乗る電車の方が数分早く到着する事がわかりました。数分してアナウンスが流れ、ホームに電車が入ってきました。入ってくる電車を見ると、席が2つずつ向かい合わせになっているボックス席型の車両でした。

友達と

「よっしゃボックス席だ、いいだろー。じゃあまたね。」

「いいなー。またね。」

と会話を交わし、私は電車に乗りました。私が4つ空いていたボックス席の窓側の1つに座るのと同時くらいに、3人組が電車に乗って来ました。

50代くらいのおじさん、60代くらいのおじさん、30代くらいのお姉さんの3人でした(以下、順におじさんA、おじさんB、お姉さんとする)。大きな声で話ながら乗ってきて、3人ともいい感じに酔っている様子でした。

何か嫌な予感がしました。

こういうとき、私の嫌な予感は必ずといっていいほど的中します。

3人は真っ直ぐ私が座っている席に向かってきたのです。

「ここ、いいですか?」

「どうぞ。」

私はなんの迷いもなくそう答えていました。いや、正確にいえば会話上はなんの迷いもなくですが、頭の中は

"他の席も空いているのに、なぜここに座る?"

"絡まれたらどうしよう?"

"そもそもこの3人の組み合わせはなに?"

とパニック状態でした。私がそんな頭でも、迷うことなく座ることを承諾したのは、

"なんか面白そう"

という直感に支配されていたからだと思います。そしてこの直感は的中することになります。

「ありがとうございます。」

そう言いながら、3人は席に座りました。

私の正面にお姉さん、隣におじさんB、斜め向かいにおじさんAという並びになり、カオスなボックス席が出来上がりました。

3人はそのまま会話をし始めましたが、私はイヤホンで音楽を聴きながら窓の外を眺めていました。最初は音楽に集中していましたが、酔っている3人の大きな声がだんだんと聞こえてくるようになりました。3人の会話が聞こえれば聞こえるほど気になり始めたのです。そこからは音楽なんて耳に入ってきませんでした。私が聞き取れた会話の内容は以下のようなものでした。

おじさんB「✕✕さん(お姉さん)は彼氏とかいないの?」

"おいおい、いきなりセクハラかよ"

お姉さん「いやー、わんちゃん飼ってからは彼氏とかいらなくなっちゃいましたね(笑)」

おじさんB「へー、そうなんだ。」

お姉さん「わんちゃんさえいれば満足ですからね、お二人は奥さんとラブラブですもんね(笑)」

おじさんB「うちなんて全然だよ、結婚して何年たってると思ってんの?(笑)」

おじさんA「夫婦なんてそんなもんですよねー。」

お姉さん「そうなんですかー?」

おじさんB「お姉さんは結婚願望とかはないの?」

お姉さん「今はいいかなって感じです。ほんと、わんちゃん中心の生活になっちゃってますね(笑)」

おじさんA「最近の若い子は結婚とか興味なくなってきてるらしいね。」

おじさんA「うちの息子なんて女のおの字もないからね(笑)」

おじさんB「うちのもおんなじようなもんだよー(笑)」

"なんか自分のことを言われてるようで耳が痛いな"

そんな会話がなんターンか続いて、だんだんと飽きてくるとともにイヤホンから流れていた音楽に耳を傾けるようになっていました。

その後の3人の会話はほとんど耳に入ってきませんでしたが、盛り上がっていることだけは笑い声から伝わってきました。

数分して、少しうとうとしていると、隣のおじさんBが荷物を持って立ち上がりました。

「お疲れさまでした。」

3人はお互いにそう言うと、おじさんBは電車を降りていきました。

その後もおじさんAとお姉さんは会話を続けていたようですが、おじさんBがいなくなってからは一気に声が小さくなりました。

眠気がピークに達した私はいつの間にか眠っていました。ドアが開く音と流れ込んできた冷気で私は目を覚ましました。

"やべっ、寝過ごした"

とあせりましたが、窓から駅名の表示を見ると降りる駅まではまだまだ余裕がありました。

まだ眠気はおさまっていませんでしたが、今度寝たら完全に寝過ごすと思ったので窓にもたれていた体を起こしました。

そのとき、お姉さんがおじさんAの肩にもたれかかっていることに気がつきました。

"ん?これはどういう状況だ?"

頭の中がフル回転し、完全に目が覚めました。"見てはいけないものを見てしまった"

そう感じた私はできるだけ自然にもう一度窓にもたれかかりました。お姉さんはもたれかかっていますが寝ているわけではなく、その体勢でおじさんAと会話をしていました。

お姉さん「このあとどうする?」

おじさんA「どうするって?」

お姉さん「うちに来る?明日休みじゃん」

"ん?なんか面白い展開になってきたぞ"

おじさんA「家どのへんだっけ?」

お姉さん「あと5駅くらい。」

おじさんA「そっか、じゃあコンビニ寄ってもう一回飲み直すか。」

お姉さん「そうだね。」

そこまで聞いて、どうしても気になった私はこっそり2人の方を見ました。すると、さっきまでは気がつきませんでしたが、2人が手を繋いでいるのが見えました。

"あー、なるほどドッキリか"

この光景を見た瞬間、私はテレビで見たドッキリを思い出していました。

"いや、ばかか。素人の俺にドッキリをかけるわけねーだろ"

"でも、最近は素人へのドッキリも増えてきてるし"

"そういえば、お姉さんは彼氏がいらないと思ってること、おじさんAが結婚していることを丁寧に頭に刷り込まれたような気がする"

"こういう設定の刷り込みみたいのも見たことあるような気がする。やっぱりドッキリじゃん"

"リアクションした方がいいのか、リアクションが薄いとカットされるのかな?"

一気にこの辺まで考えて、さすがに少しずつ冷静になってきました。

"ってかよく考えたらこれって.....不倫じゃね?"

"え?俺はここにいていいの?"

イヤホンはしたままでしたが、音楽は完全に聞こえていませんでした。その間にもお姉さんの体はどんどん傾き、おじさんAに膝枕されている状態になっていました。そのとき、私はふと思いました。

"なんか、おじさんBかわいそうじゃね?"

3人でいたときの会話を思い出すと、おじさんBは100%この2人の関係を知らないはずです。いや、よく考えれば知ってしまったときが一番かわいそうなのかもしれない。知らない方がいいとはまさにこの事だなと、私はひとりで納得していました。

そうこうしているうちに、私が降りる駅まできてしまいました。

"おふたりさんお幸せに"

なぜこんなことを思ったのか、今でもよくわかりません。

不倫を肯定するとかしないとかそう言う話ではない。そもそも、見ず知らずの奴に肯定も否定もされる筋合いはないだろう。少なくとも私はそう思っている。

だったら、幸せを願った方がお互いに気持ちがいい。そう思っていたとしたら、当時の私を褒めてあげたい。まあ、酔いがいい感じにまわって気分がよかっただけというのが一番有力だが。

あ、そういえば

"おじさんBも幸せに"

これは酔いとは関係なく心から思ったことだと自信をもって言える。

電車を降りて、イヤホンで音楽を聴きながら空を見上げたときに少しだけ大人になれた気がした。そして、そのとき私は誓った。

"遮音性の高い良いイヤホン買おう"

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今でもネタばらし待ってます 菅田山鳩 @yamabato-suda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ