第7話 ヒトに戻ったらしい

「ふはぁ、てんごくぅ~」


 温かいお湯が張られた湯船に浸かると、旅の疲れなんか吹き飛ぶ。


 湯番の女性、エスメさんが、ニコニコしながら手足を投げ出してくつろいでいる私を見ていた。


「奥様の事を、私も心待ちにしていました。今夜のために磨きあげますので、お任せください」


「うん、ありがと~」


 ん?


 今夜?


「今夜のため?」


 私の頭を洗ってくれているエスメさんを見上げた。


「はい。大事な大事ななのです。決戦の場に赴く奥様を、完璧に仕上げるのが私の役目」


 決戦の場って、エスメさんも戦闘態勢が~とか言うんだ(笑)


 じゃない!


 笑っている場合じゃない!


「張り切っているところを申し訳ないけど、私とメルキオールさんとの間に、初夜とか訪れないから、何か無駄になりそうで申し訳な…………」


「そんなことはありませんわ!あの草オタクが、先程までどんな目で奥様の事を見ていたことか!」


 いや、草オタクって、あなたの主では?


「奥様が伯爵様をヒトに戻してくださって、玄関ホールでお出迎えしたお二人の姿を見た使用人達はみな、感激しておりました!」


「そ、そうかな?」


 少し前に部屋の前で別れたメルキオールさんの姿を思い出す。


『キティにプレゼントを持ってくるよ。少し出かけてくるから、君はゆっくりしてて』


 そう言い残して何処かへと向かったようだ。


 初対面の結婚式の時はともかくとして、領地に迎えに来てくれた時からはずっと親切にしてくれている。


 よほど、件の御令嬢に困らされているからなのだろうけど、元々が悪い方ではないわけで、好きな事に打ち込んでいる姿は羨ましいと思えるくらいだ。


 過去に悲しい事件で御両親を亡くされているのに、驚くほど物腰が柔らかく優しい紳士に成長されているのでは?


 周囲の方々の影響もあるのだろうけど。


 オマケに、私の命と言っていいくらいのキティを可愛がってくれる。


 でも、やっぱり、夫婦生活を送るつもりはないと言っていたから、今夜で何か関係が変わることがないだろうし、私もそれを望んではいない。


 まぁ、今はエスメさんのマッサージの手に癒されながら、キティのオヤツのことでも考えて、今後のことはメルキオールさんと相談することとしよう。







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