第4話 なまえ 其の四

 吾輩わがはいの名は『たま』である。


 吾輩は、この名を大層気に入っておる。


 吾輩は、一処ひとところに留まらず、街から街を渡り歩く。それ故に、決まった住処すみかも、決まった伴侶も、決まった名すら持つ事は無かった。

 浮世の風にさらされ、当ても無く、気の向くままのその日暮らし。

 然れども、この街のとある娘に、いたく可愛がられ、留まること長きに渡る。

 

 その娘、吾輩を『たま』と呼ぶ。


 母無きその娘、心優しき事限りなし。如何なる時も、笑みを忘れず、吾輩にじきを与える。

 吾輩の寝所ねどこは、街の書庫の間近にある、町人の憩いの集い処。

 夕刻程になると、『ぱせり』という名のその娘、吾輩の寝所に、食を持ち寄ること度々となる。

 この街を安住の地とする所以ゆえんとするに、足るといえども、幸いなる日も無情なるものである。


 ある日の昼、吾輩の寝所にて、数多あまたの男どもの声を聞く。


「この公園にいる野良猫は、子供たちに危害を加える恐れがある。一匹残らず捕まえる必要がある。すべてが、処分対象だ」


 数多の男ども、吾輩と同じ寝所とするものたちを、ことごとく捕らえた。

 ついには、吾輩も狭き檻に入れられ、暗き処にその身を置くこととなる。


 もはや、吾輩のいのちも尽きるものと悟る。


 吾輩は、幼き頃の人に飼われていた時の事を思い出す。


 生まれてほどなく、名も与えられず、虐げられ、足るほどの食も与えられず。小さき檻に入れられ、逃げ出すことも能わず。

 あたりは、この上なく散らかり、悪しき匂ひ漂う。二年が間のその暮らし、生きた心地など、刹那せつなも思うことなく、まさに地獄なり。

 とある日暮れ方、酷く弱き処となる吾輩は、川に投げ入れられるも、命からがら生き長らえた。

 此の方、人を恐ろしきものと心得る。


 されども、吾輩が最後に乞い願うは、愛しき声の彼の人に、また『たま』といふ名を呼ばれることばかり。


「たまぁ、どこにいるの? たまぁ」


 いずこからともなく、聞こえしその声は、吾輩のはなむけには、至極しごくともいえる。


 吾輩の名は『たま』である。




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お読みいただきありがとうございます!

今回は少し短めですが。

言葉の使い方に若干の不安がありますので、ご指摘等いただけたら、参考にさせていただきますので、お願いします!

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