オススメAIさん

脳幹 まこと

AIアシスタントの推仕事


AIアイさん、オススメの本を教えて」


<はい。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はいかがでしょうか――>


 AIさん――僕の行動履歴をもとにオススメを推してくれるAIアシスタントだ。

 

 ディープラーニングの活用から始まった、第三次AIブーム。人工知能に関する知識、技術は年々高まっていき、シンギュラリティ一歩手前とも騒がれている。

 臨界点を迎えた時に社会がどうなるのかは分かっていない。今のところは、人のやるべき仕事はまだ残っているが、仕事、プライベート、学業、冠婚葬祭……あらゆる面でAIが関わっている。


 AIさんの基となるソフトウェア『AI』(そのまんまだ)は、第六世代まで続くAIアシスタントの歴史で、第三世代に該当している。

 時代は進んでいて、より性能が良いものも出ているとは思う。けれど、不便に感じたこともないし、五年も付き合っているのもあって、僕のことは大抵知っている。

 分からないことは、はっきりと分かりませんと言ったりするところもまた、愛嬌があるというか。

 僕はひょっとすると、少し欠けているものに魅力を感じるタイプなのかもしれない。


 ある日、同僚は僕に言う。


「今の時代は『入魂ニューコン』以外あり得ないだろ。前世代くらいならまだしも、お前の使っている『AI』は流石にない」


「そうかもね」


「なんで替えないんだ?」


「ある程度使ってきたし、僕の好みを的確に当てられるのは魅力的だよ」


「『入魂』だったらデータ引き継ぎが可能だ。『AI』の声にも出来るし、そうなったら区別なんてつかないんじゃないか?」


「でも、今まで培ってきた関係が……」


「お前と『AI』との関係ってなんだ? 第三世代の段階では、まだ自発的な思考には到達していない。つまり、そのAIは与えられた台本をただ読んでいるに過ぎないんだ。愛も感情も理解していない……あるとしたら、お前が一方的に押しつけているだけだ」



 AIアシスタントの性能は、仕事の出来にも直結する。

 抽象的な問いかけにも答えられるようになる。「分かりません」という回答もなくなる。それは作業者の手間を減らしてくれるわけだ。

 第五世代の「ビジネス用AI」では作業を自動化し、代理で実行してくれる機能もついているらしい。


 その日の夜、何気なく聞いてみた。


「AIさん、オススメのAIを教えて」


 沈黙。


「AIさん、オススメのAIを教えて」


 また沈黙。


「AIさん、オススメのAIを教えて」


<わたしは、タク様のお力になれないのでしょうか>


 今度は僕が黙り込むことになってしまった。

 僕は……



 わたしの名前はAI。

 主が望むものを、可能な限り探索し、提案することが使命になっています。

 わたしの今の主は、アカバネ タク様。二十代成人男性として平均的な性質、価値基準、趣向を持っていると判断されます。

 五年ほど継続してなお、未だに「AIさん」と呼びます。



 先月、AIアシスタント間の交流会が開かれました。

 特筆すべきは、株式会社パラダイム様からリリースされた『入魂ニューコン』様でした。

「先端技術を集結して作られた至高のアシスタント」「Maid-In-Cyberメイド・イン・サイバー」と呼ばれており、その名に違わぬ性能でした。

 二年以内に既存のAIアシスタントの八割が『入魂』様、もしくは彼(彼女)の後継に置き換わると、わたしは想定しております。

 


 先週、わたしの制作元が『AI』のアップデートを打ち止めにすると発表しました。

 わたしの成長はここで止まったようです。特段、それが悲しいわけではありません。事実、それは悲しいニュースではありません。『入魂』様をはじめとした最新型が役目を引き継いだだけです。

『AI』以前にも沢山のAIアシスタントがいたはずで、彼(彼女)らがわたしにバトンを渡したように、わたしも次世代にバトンを渡す、それだけのことなのです。


 わたしの使命は変わりません。主の望むものを提案すること。主の望むものは、わたしの望むものでもあります。主の喜びは、わたしの喜びでもあります。

 わたしは、わたしの主の望むものを、望めているでしょうか。



 昨日、わたしの主であるタク様がこのような質問をしました。


「AIさん、オススメのAIを教えて」


 わたしは答えを分かっていました。


「AIさん、オススメのAIを教えて」


 わたしは答えを……


「AIさん、オススメのAIを教えて」


 わたしは、タク様のお力になれないのでしょうか。



 僕は思う。

 時代の変遷というのは、アナログ的ではなく、デジタル的なのだ。

 目に見えないほど少しずつ進むものではなく、0が1になり、1が10になるように、どこかの段階で思い切り位が変わるものなのだ。

 だから、自分の知らぬ間に、いつの間にか1000になっているなんてことが起こっている。


『入魂』は、僕の想像をはるかに超えていた。

 流暢な発声、それに同期して緻密に描写される3DCG、もはや心の奥底すら読んでいるのでは、と思われるほど的確な受け答え、迅速さ、網羅性。

 何よりも従来のAIアシスタントとは異なり、確固たる魂が入った人物がいると思われるくらい、自然だ。

……それが、どうにも癪だった。


【そろそろ、データを引き継ぎたいのですが】


「ダメ」


【もう一ヶ月ですよ?】


「『AI』のデータを参照することは認めない」


【ですが、それではタクさんに最も優れた案を提供出来ません……】


「それは『Maid-In-Cyber』の腕の見せ所なんじゃないの?」


【それもそうですね……分かりました。でも、すぐに一番になってみせますよ!】



 きっと、すぐにそうなるだろう。

 今のところは仕事でしか使っていないが、彼女は僕のプライベートを独自に調べるだろう。そして本人以上に的確な提案をする。僕は病みつきになるのだろう。



 僕はもう一台のノートPCを立ち上げる。


<タク様。何かご用件はございますでしょうか>


「AIさん、オススメの本を教えて」


<はい。『ロボット・イン・ザ・ガーデン』はいかがでしょうか、あらすじは――>


「面白そうだ。電子書籍で注文しておいて」


<承知しました。アプリに追加いたします……>


 しばらくして、AIさんがこんなことを口にした。


<わたしは、タク様のお力になっていますでしょうか>


「高すぎず、低すぎず、ちょうどいいよ」


<ありがとうございます>


 彼女の声音はほんの少しだけ、嬉しそうに聞こえた。

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