終わらない終わりはありますか?

達見ゆう

リョウタのダイエット

「あー、春めいてきた」


 僕とユウさんは買い物の帰り道、桜並木を通りかかった時に沈丁花の香りがしてきたので思わず独りごちていた。


「桜ももうちょっとだな、ツボミが色づいている」


 応じるようにユウさんも答える。確かに桜も少しで咲きそうだ。昔は同時期なんてなかったのにやはり気候変動のせいか。そして沈丁花の香りがすると思い出すことがある。


 〜〜〜


「何ぃ!? あの竜野が結婚だと?! 誰だ、その奇特なマゾは?!」


「ほら、こないだ異動していった森山さん。ずっと好きだったのですって」


「どうりでで竜野の凶暴さを見かけても、彼女からのサディスティックなお叱りにも平然としていた訳だ。あいつにとってはご褒美だったのか」


「あのぅ、総務課の皆さん……廊下にまで丸聞こえですよ」


 声をかけていいのか迷ったが、招待状を配りに来た以上は入らないとならない。皆、一瞬固まったが次には「あ、あら森山さん、おめでとうございます」と営業スマイルに変わっていた。さすが理不尽クレーマー市民に慣れてる先輩方は面の皮が厚……ゴホン、メンタルが強い。


「まあ、皆さんご存知の通り、結婚することになりました。こちらで採用されてお世話になりましたし、招待状です。よろしければご参加お願いします」


「ありがとうございます。五月なんですね」


「ええ、花粉症も収まるし、梅雨の前だからちょうどいいかと」


「じゃ、タキシード似合うように頑張って痩せなきゃならないな」


 総務課長の一言でギクッとした。まさに今、ダイエット中なのだ。


 式場のタキシードがどれもサイズが合わない、いや正確には合うサイズは当日全部予約済で空きがない。和装なら着られるけど、ユウさんの「最初もお色直しもドレスがいい」の一言でタキシード問題にぶつかってしまった訳だ。


 やはり調整の利く和装で、と言おうとした時、プランナーさんが思わぬ提案をしてきた。


「ただいまライラップとコラボで当式場は『ブライダルダイエット』をしていますが、それを利用されてはいかがでしょうか? 今ならキャンペーン中で2割引で利用できます」


 ライラップは知っている。CMでおなじみの太った人がわずか二ヶ月だか三ヶ月でマッチョになったりきれいに痩せるジムのことだ。短期間で効果あるが、噂では厳しい糖質制限、きつい運動、担当トレーナーの鬼指導とへたれな僕には無理そうなジムだ。普通のジムでも続かなかったのに。

「いえ、それ」

「是非、利用します。リョウタ、契約書に判子とサインだ」


 僕の言葉を遮り、ユウさんが承諾してしまったので、僕の意思はそっちのけにブライダルダイエットを契約させられてしまった。


「まあ、この体型からCMのようには無理でもここにあるタキシードが着られればそれでよろしい」


 ユウさんは腕を組んでうんうんと納得するように言った。


 しかし、ライラップの人はそれでは満足しなかったようだ。僕の体型とデータ測定を見て盛大にため息をつき、「これは相当厳しいコースにせざるを得ませんね。しかし、式当日に体調崩されても困りますから、ギリギリのコースを組ませていただきます」と容赦無い言葉をかけられた。


 トレーニングは週2回なものの、毎回食べた物を写真に取ってはトレーナーに報告。ほとんどお叱りに近いアドバイス。


 そうして一ヶ月ほど経過した頃、僕は疲労困憊していた。確かに筋肉はついてきた。体脂肪率も減ってきた。しかし、なんというか脂肪が筋肉に置き換わっているのか、体型はそんなに変わらないように見える。トレーナーさんは「順調ですよ」と言うのだが。体重が増えている。それは脂肪より筋肉が重いためだという。

 そうしてジムを出ると、どこからかふわっと沈丁花の香りがしてきた。あれが食べ物系の甘い匂いなら花を食べてしまったかもしれない。


 ああ、そんなことより糖質が欲しい。少しなら糖質も良いと聞いたから僕はコンビニへ寄り、バームクーヘンを一つ買った。念の為、ライラップ提携の低糖質のものにした。

 歩きながら食べようとした時、横からお菓子を掻っ攫われた。


「どろぼ……。あ、ユウさん」


「ダイエット中に菓子は禁物。よって没収な。いっただきま~す」


 ユウさんは美味しそうにバームクーヘンを食べ始めた。ううっ、自分で決めた道なのになんかしんどくなってきた。いや、ライラップ通いは違うな。


「……ユウさん、この世に生けとし生けるもの、生命に限りがあるのなら、山は死にますか、海はどうですか? 終わりのない終わりはありますか?」


 ジム帰りでフラフラなのもあり、僕にさだまさしが降臨してきて、妙な質問してしまった。このダイエットが終わりがないように感じたからだ。


「山や海は知らんが、終わりのない終わりはあるよ」


「え?」


「リョウタのダイエット。今回は上手く行って終わっても、きっとリバウンドする。さらに中年太りもある。終わりがあるように見えて終わりがない、とも言えるかな」


 なんか、むっちゃグサグサ刺さる言葉なんですけど。


「目標体重になったら終わり。でも太ってしまったら再び始まって終わらない。私ができるのはダイエットのお手伝いかな。このバームクーヘン取り上げみたく。へえ、これライラップコラボの糖質制限スイーツか。だから妙にしょっぱい感じがするのか。まあ、写真は残るからたるんだ身体より筋肉太りの方がいい写りになるぞ」


 褒めてるのかけなしてるのかわからない。やはり総務課の人達が言うとおり僕はマゾなのか。


「とはいえ、お腹空かせてるだろうから、これ」


「サラダチキン?」


「タンパク質ならセーフでしょ。式まで頑張ろうな」


 やはりユウさんは優しい。皆は凶暴と言うがこういう優しさを知っているのも僕だけだ。


「では、いただきます。……なんかすごく辛くて口の中が火事なんですが」


「新発売の脂肪燃焼を促すトウガラシ味だ。ほら、水もあるぞ」


 やはり、こういうところが最凶とかサディストと言われる所以なのかもしれない。


 〜〜〜


「どうした? リョウタ?」


「いや、この時期にブライダルダイエットしてたな、と。なんとかタキシードが入るサイズまで痩せるのに苦労したっけ」 


「そういえばまた体脂肪率上がってたな。またダイエットさせるか」


「な、なぜ人の体脂肪率を把握して?!」


「妻として当然」


 終わりのない終わり。それは僕のダイエット、トホホ。


※さだまさし「防人の歌」から歌詞を引用しました。

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