終止符探しは終わらない

長月瓦礫

終止符探しは終わらない


『分断された世界を統一するため、陽出づる夜に勇者が現れる。

その者、頭上に数字が並び、勇者であることを示す。

三賢者が三つの力を授け、この地を旅立つであろう』


勇者が仲間を引き連れ、世界を救う。


聖典にはこれから起こる出来事が綴られている。

全13巻で構成され、それらには神の言葉が書かれている。

現在は第13番聖典の半ばへ差し掛かっている。


書物に記されている日が近づくと毎晩のように確認するのが習慣となっている。

先ほどから、同じページを行ったり来たりしている。


「なあ、レイ」


ノールの声は震えていた。

彼こそこの聖典の著者であり、世界を監視する者だ。

次元のはざまにある古城、そこに聖典は収められている。

みんなから忘れられた城、時間だけが過ぎていく。


私たちは預言を監視するだけだ。

世界に干渉することはできない。


「私の目が間違っていなければ、このページの内容が変わっているのが分かるか?」


そう言われ、同じページを開いた。

文章が途切れ、ページが飛んでしまっている。

この先に勇者のことが書かれていた。まちがいない。


私も同じようにページをめくり、該当箇所を探す。

さっきまで読んでいたのに、どこにもない。

自分の心臓が早くなるのを感じる。


「いつの間に、ページが消されたのでしょう?」


この世界に勇者が現れ、平和をもたらすはずだった。

前後のページをめくって、何度も確認する。

ノールはわなわなと手を震わせて、何度も何度もページをめくる。


勇者に関する項目がすべて消されている。


「こんなことがあってたまるものか……」


老人は頭を掻きむしった。

薄い白髪頭が一瞬にして乱れた。


「こんなことがあってたまるものか。これでは神が殺されたも同然だ。

どうして、このようなことが……」


目の焦点が定まらず、声が震えている。


聖典の内容が覆ることは絶対にない。

これまで良いことも悪いことも、全て起きた。

都合のいいことはひっくり返らなかった。

都合の悪いことから逃れられなかった。


絶対にあってはならないことなのに、否定された。

何代にもわたって受け継がれてきた聖典のページがごっそりと抜けた。


「なぜ、このようなことが起きたのでしょう。

勇者が殺されるなんて、ありうるのでしょうか」


「……」


私は声をできるだけ抑えて問うた。

世界の異端分子を排除するのが勇者の目的である。


「これからどうしましょうか」


「聖典の内容が変わっていることは、世界中に伝わっているはずだ。

そして、これだけのことをやってのけたのは奴らしかおるまい」


預言者は少しだけ軽くなった預言書を携えて、急ぎ足で出て行った。


𝄽


預言者は勇者の項目が消えた理由を魔界にあると考えた。

神に抗う思想を持つのは、彼ら以外に存在しない。

反逆者でありながら、救世主と称えられる大罪の名を持つ悪魔だ。


魔界は突如現れた異世界で、評議会が支配していた。

勇者によって魔界は滅ぼされ、世界に平和がもたらされるはずだった。


評議会のある講堂へ向かうと、赤と黒のまだら模様の青年が歩み出た。

嫌そうな表情を浮かべ、分厚い紙束を押し付けた。


「まず、これを読んでください。話はそれからっスよ」


感情のない瞳でつっぱねた。

彼らにとってはすでに終わったことであり、これ以上語ることはない。

世界がどうなろうと関係ないのだろう。


「申し訳ないんですけど、評議会ウチらに文句言いに来た人には全員これを読んでもらってるんです。もちろん、例外はありませんよ。ここは魔界なんですから。

評議会ウチらで決めたことに従ってもらわないと、ね」


「郷に入っては郷に従え、と?」


「当たり前でしょ、何言ってるんですか」


彼はせせら笑った。

小馬鹿にされているみたいで腹が立つ。


「俺はシェフィールド。評議会の広報担当です。

よろしくお願いします」


預言者は表に出ることはないから、知られることはない。

聖典の著者を知らなくても無理はないか。


「……本日は突然押しかけてしまって、申し訳ありません。

私たちは預言者です。この預言書を書き記し、世界を見てきました」


こんなことを言っても信じてもらえるとは思えないが、簡単に引き下がるわけにはいかない。何が起きたのか、確かめなければならない。


「この内容を書き換えたのは、あなたたちでしょう?

何をしたのか、詳しく教えてもらえませんか」


小さく舌打ちをした。



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終止符探しは終わらない 長月瓦礫 @debrisbottle00

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